第4話 新垣ゆかなは戸惑わない

 昼休みの時間、俺は新垣あらがきゆかなという人物に話しかけるタイミングを狙っていた。そして気づいた。

 ダメだわ。あいつ常に人に囲まれてる。詰んだわ。オワタ。

 いや、普通に話しかけると絶対周りが何事かとざわめきそう。

 自意識過剰だろうか。過剰だな。

 よし、行ったれぇえええ!

「おい、ちょっと話がある。今から渡り廊下来れるか?」

「え?」

 食事を終え、周りの男女と談笑しつつ、しっかり次の授業の準備をする新垣に対し、俺はカチコミさながらに突撃した。

 急な申し出に対して、彼女は少し目を見開き、周りに至っては俺と目を合わせないようにしながらヒソヒソと何が起きてるのか言い合ってる様子。

 だが、新垣は直ぐににこやかに微笑んだ。

「はい、行きます」

「え、あ、おぅ」

 即答!? 思わず戸惑っちまったじゃねぇか。

 だがこうなると当然周りは制止に入る。というか男勢が男らしさアピールに入る。

「ま、待ってください。彼と二人きりになるのは」

「そうそう、ちょっとまずいんじゃないかな」

「何をされるか」

 一人が口を開けば、呼応するように他の男達も次第に乗っかる。

 だが俺が目線をそちらにやると、直ぐに視線を下へと逸らした。

 いや俺が思うのもなんだけど、もうちょい粘ってもいいと思うんだ。

「いえ、妻夫木つまぶきくんが何を話したいのか、私も聞きたいので」

 強がりでも何でもなさそうに、微笑む彼女は、萎縮する彼らを優しく諭した。

 それは余りにも凛としていて、俺の知ってる女性という概念からかけ離れていて、思わずというか、不覚にもというか、今まで憧れたどんなツッパリ達よりも、カッコいいと思ってしまった。

「では行きましょう」

「お、おうよ」

 ん、何か仕掛けたの俺なのに自然と主導権握られてる気が……すげぇ。

 廊下を二人で歩いていると周りの見る眼がいつもとは違った。

 俺への畏怖の視線よりも、彼女への畏敬の視線の方が圧倒的に多かった。

 そうか、俺のように力で重ねた強さみたいなのもあれば、こういう魅せる強さというものもあるのか。

 にしても、おいおい、本当にこいつあの罵倒少女達に嫌われてんのか?

 今のところ、負の感情みたいなのを周りから感じ取れないんだけど。

「あの、妻夫木くん」

「え、なんだ?」

「学校に来ない日はいつも何をしてるんですか?」

「突然だな……バイトしてるか、喧嘩ふっかけられてるか、遊んでるかって感じだな」

「他二つは何となく噂で聞いたことありますが、アルバイトもしてるんですか? 昼間に?」

「おぅ、今時履歴書不要の派遣アルバイトとかも多いしな。通信制の高校って嘘ついて働いてんだ。うち貧乏だし、遊ぶのと、学校行くにも金かかったからその分は働いてんだよ」

「そう、だったんですか」

 何故か途端に顔が曇る新垣。何だよ。これから説教でもしようってんだろうか?

 だが、彼女はそれ以上世間話は挟まずに、渡り廊下まで辿り着く。

「それで、話というのは」

 僅かに上目遣いでこちらを見る新垣、まつ毛長いなこいつとか思いながら、俺は事情を話し始めた。

 だが話を進めていくたびに彼女の顔からは、落胆にも似た何かを感じる。

 ど、どうゆうことだ?

「ってなわけなんだが」

「……話は分かりました。別に大丈夫ですから、妻夫木くんは何もしないでください」

「え、はぁ?」

 俺が何言ってんだこのアマという顔をしたのが余程機嫌に差し支えたのか、彼女は明らかに怒気を含んだ声を俺へと投げかける。

「大丈夫と言ったんです。あなたに心配されなくとも、私には帰宅の際、お付きの者も離れて見ておりますし、そんな事態になったら直ぐに対処できますから」

「そうなのか。まぁ、確かにいたずらってのがどのレベルの話なのかまでは分かんなかったしな。あのまーくんとやらの知り合い女が見栄張って嘘ついただけかもしんねぇし」

「えぇ、なので何もしなくていいですから。ご心配ありがとうございました」

 全然感謝された気がしない……何をそんなに怒ったんだか。

 スタスタと教室まで戻る姿を見届ると、あれを追いかけて教室に入るの、ちょっと嫌だな……サボろう。

 何で無駄に良い人をしてしまったのか後悔しながら、俺はまた屋上へと向かう。

 この時の行動が間違いだった事など知らずに……。

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