第2話 隣の席の元ヤンくん

 コーサツを終え、廊下までの道、視線が俺に集まっては直ぐに逸らされていく。

 この前まではこれが誇らしくあったわけだが、今はそうでもないというかビビられ過ぎている事にビビっている次第である。

 何故だ……学ランだって前全部開けてるだけだし、髪は襟足だって今はそんなに伸びてねぇ、オールバックも軽め、ズボンの丈も直してちょっと捲ってるだけだし、チェーンも1つしか腰にぶら下げてねーっつーのに、なーんでみんな化け物見るような目で見てくるんだ。

「怖い、顔怖い」

「あぁん!?」

「だからそれだって。ビビられてるの」

 隣を歩いていた昂輝こうきが呆れるような顔で洩らす。

「お前俺の心読めるのか!?」

 俺が尋ねると、昂輝は、廊下にいる女子からの畏敬の眼差しに対し、手を振りながら、俺の質問に答える。

「まーた俺になってるよ。生徒会活動時以外ではどーするんだっけ?」

「おっと……ぼ、僕の心をお読みになられたんでっしゃろか?」

「それもしかして敬語のつもりなの?」

 尋ねながら昂輝は涙が出るほど笑い始めた。よし、殴ろう。

「あっはっは、待って待って、笑い過ぎてごめんって。でもさ、そういうとこ出していけば自然と話しかけてくれる人も増えると思うよ」

「別に話しかけて欲しいわけじゃねーから」

「生徒会やるにあたって、人望はどれだけあっても損じゃないしさ」

「え、お前そんな事思って学校で生活してんのかよ」

「まーね。じゃないと一々女の子に手を振ったりなんてしないよアホらしい」

「怖いわ……絶対お……僕よりおま……君の方が怖いわ」

 どうやらうちの副会長殿は腹黒イケメンヤリチン野郎らしい(偏見)。

 だが、こんな感じで昂輝は稀にどす黒い発言を爽やかな顔しながら出したりするあたり、ある意味信用はしている。信頼は出来てないが。

 裏表が無いなんて人間は殆どいないけど、裏表を見せてくれる人間ってのはどんな関係かは問わず貴重だ。

 見た目に騙されたり、本音を隠したりして話す事が当たり前なのだから。

「にしても、柴咲しばさきのアマはあれでいいんでらっしゃるか?」

「ブハッ!」

「笑うな!」

「いやだって……アマって言っちゃってるし……らっしゃるか? って……プッ……ひーっひ」

「笑い過ぎだってんだよ」

「いやー孝宏たかひろは本当に馬鹿真面目だな。色々間違ってるけど」

「そーなんでやがりますか?」

「ブッ、わざとやってるだろ」

「バレたか」

「はーもう……えっと愛生あきのことだっけ。あいつ、ちょっとうちのクラスの新垣あらがきさんに似てるよね……は? どうした!?」

 何故か思わず俺を二度見する昂輝。

「な、な、何がだよ」

「いやだって引くほど汗かいてるから」

「おぅ、俺の前で新垣という名前NGでお願いします」

「普通に敬語になってるとかどんだけ……え、孝宏って新垣さん苦手なんだっけ?」

「苦手なんてもんじゃねぇ……あれは……うん、嫌いとかそういう次元を超越した……そう、世紀的に受け付けないから」

「生理的超えちゃったかー」

 そう、俺ははっきり言って同じ会計の柴咲も好きじゃないが、奴などは所詮三下。不良集団の女にもあーいう計算的に可愛さを演出しようとする浅はかな女はいた。

 だが違う。奴は違うのだ。奴は化け物だ。

 俺が出会った中でもあの女ほど恐ろしいと思った女はいない。

 二人で教室に入ると、廊下と似たような視線がチラリと向けられ直ぐ霧散。

 自分の席に座って鞄から漫画でも出そうかと思ってたら、隣が例の如く喧しい。

 理由は俺の隣の席に奴がいるからだ。いなくていいのに。いても息だけしてればいいのに。

「あ、御機嫌よう、妻夫木つまぶきくん」

 語尾に軽くハートマークでもついてそうな身の毛のよだつ声音。

 気づかないフリをして無視する選択肢は以前使ってみたが、そうなるとわざわざ俺に近づいてきて上目遣いで再度問うような挨拶をかましてきやがったのだ。最善手は……。

「あ……とぅす」

 視線は漫画へ向けたまま、顎だけ一瞬しゃくらせてこう返事をする事でこれ以上触れてくれるなボケが。という雰囲気を醸し出せるのだ。俺天才なんじゃ無いだろうか。

 まぁこれ初めてやってみたんだけど。

 ガタリ。

 え、隣から音が。反応するな。頼む俺じゃありませんように。ありませんよーーーーに。

 しかし、俺の漫画の開かれたページをむんずと白く細い指が掴んだ。

「ごめんなさい、よく聞こえなかったの。何て言ったのかしら?」

 ……か、顔を上げるしかねーのか。ねーよな。周りに侍らせてる男女の視線が、カチコミ前のドチンピラみたくなってるし。

「お、おはよう新垣」

「なーんだ。挨拶だったのね」

 そう言った女の顔は超蠱惑的、浮かべてるのは笑顔のはずなのに、獲物を品定めする大蛇のような大きな瞳による眼力。

 目の前の女の名前は新垣あらがきゆかな。

 暫定的だが、俺のこの世で一番苦手なこのクラスのだ。

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