第94話 偽りの者達の末路

「私達が王城で死んだとはどういう事です? 私達はつい先程、他の街からこの場所に到着したばかりですのよ?」


 エリネスさんのその言葉に、マキーダは驚いた表情で答える。


「そんな、エリネス様は確かに数日前王城に皆とともに……」

「皆とは?」


 マキーダ曰く、焔龍の封印が解かれる前日、突然王城から使いがやって来たらしい。

 それは皇太子からの招集命令だったのだとか。


「皇太子? 王様でなく?」

「はい、私が中継ぎいたしましたので間違いありません」


 マキーダはその日のことを不思議に思っていたそうだ。

 皇太子からの呼び出しの事ではない。


「あの日は公爵様だけでなく奥様方とお嬢様方も全員で王城へ出向くと公爵様が仰られまして」


 公爵と第一婦人であるナリザ、その娘であるエレーナを嵌めたフォーリナ。

 そして第二婦人のエリネスさんとエレーナも共に王城へ向かったのだそうだ。


「なるほど、それがドラスト伯の言っていた――」

「ええ、間違いなく私たちの偽物でしょう」


 てっきりドラスト伯の狂言だと思っていたが、実際この屋敷にはエリネスさんとエレーナの偽物が彼女達に成りすまして存在していたのか。

 しかし彼女たちをよく知らない人達は騙せても、常日頃から彼女たちの世話をしていたマキーダのような使用人まで騙せるものなのか?


「偽物!? あの奥方様とお嬢様が偽物ですと! いや、しかし言われてみれば……」


 マキーダはそこまで言うと突然頭を抑えてしゃがみこむ。


「ううっ……」

「だ、大丈夫ですかマキーダ」


 エレーナがその肩に優しく手を置いて様子をうかがう。


「だ、大丈夫です。急になぜだか頭の中に靄がかかったように記憶が曖昧になってしまって……いったい私は……」

「少し見せてくださいまし」


 エリネスさんがマキーダの様子をしばらく観察した後、彼の近くに歩み寄りそう告げる。


「これは闇魔法が得意とする幻術の類かもしれませんね」

「幻術ですか。それで偽物を本物と思い込ませていたと?」

「ええ、多分ですが」


 エリネスさんがそっと右手をうずくまるマキーダの頭の上にかざす。

 ぼうっとした光がその手に宿ると、その光がマキーダの頭の中に吸い込まれるかのようにして消えていく。

 何かしらの光魔法なのだろう。


「やはり闇魔法でしたか。マキーダ、これで貴方の中の幻は消えたはずですがいかがですか?」

「ありがとうございますエリネス様。間違いありません、あの二人は姿形こそ近かったですが全くの偽物です」


 偽物を、まるで本物であるかのように認識させる闇魔法か。

 怖いな。


「私達を放逐した後、その偽物達を代わりにして闇魔法を使い公爵家を完全に乗っ取った、ということかな?」

「いつから計画していたのかわかりませんが、その計画のためには光魔法使いの私が邪魔だったのでしょうね」


 闇に対して光。

 たしかに相性が悪いのだろう。

 エリネスさんがいるかぎり闇魔法の力はかなり抑えられてしまうとか、そんな感じだったに違いない。


「となると王城で亡くなったというのも」

「幻術で作り出した嘘、もしくは私たちの偽物の二人が……という事でしょうか」


 偽物とはいえ、事故に巻き込まれて死んだと考えると複雑な気分だ。

 いや、本当に事故だったのだろうか。

 

 俺の心に一瞬寒気が走った。

 もしかしたら偽物を事故に見せかけて殺す事で、エリネスさん達を完全に死んだ事に仕立て上げるつもりなのでは。


 この二人が死んで得をする者は誰だ。


 今までの流れ的には第一婦人であるナリザが、自分の娘を皇太子婦人にするために暗躍して、実行に移したと考えるのが妥当だろうけど。

 権力のためにそこまでするものだろうか。

 理解できない。


 しかし、お貴族様のそういったドロドロした政治闘争とか勘弁して欲しいんだよなぁ。


 俺は田舎でまったりとスローライフがしたいだけなのに。

 どうしてこんな事に巻き込まれているのか。


「皇太子妃ってそんなに魅力的なのかね。まぁ、将来的には王様の后になるわけだから権力を握れるのは魅力かもしれないけど、色々面倒臭そうだしな」


 王様とかになったら贅沢できるっていっても、政務とか色々なしがらみとかでがんじがらめになって、個人としての自由は無くなってしまうわけで。

 そのお妃様も同様だろうし、俺にはそんなものになりたいという気持ちはまったく理解できない。


 現代日本で生まれ育って、現代の常識の中で生きてきた俺にわかるわけはないんだろうけど。


 そういえば俺はこの国の皇太子がどういう人物か全く知らないな。

 ここまでの旅でもエレーナやエリネスさんからその話を聞くことはなかった。


 俺は今更ながらエレーナに「皇太子ってどういう人なの?」と問いかける。

 しかし、それに対してエレーナの反応は微妙なものだった。


「皇太子様とは数度しかお話した事が無くてあまりよくわからないのですが」


 許嫁なのに数度しかまともに話したことがない?

 現代日本の感覚だと信じられないことだけど、俺が今まで読んできた中世ヨーロッパ風の世界を舞台にした物語だと、一度もあったことがないまま政略結婚とかもよくあったし、不思議なことではないのかもしれない。


「とても野心的なお方でした」

「それってどういう……」

「今の王は弱腰過ぎる。自分の代になったら、このダスカール王国をもっと大きく強くしてみせると」


 ありがちな慢心王子だな。

 王様、教育を誤ったな。


「まさか焔龍の封印を解いたのって……」


 俺の頬に一筋、冷たい汗が流れ落ちた。

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