第93話 公爵屋敷にて

「流石にもう火は消えてるみたいですね」


 公爵家の広い庭に降り立った俺達は、崩れた屋敷を前にしていた。


 今回王都までやって来たのは俺とエリネスさん、エレーナ。

 そして伝令兵と、救援に必要だということでインティアの五人である。

 ガルバス爺はエリネスさんより権限を与えられ、男爵屋敷の後始末をするために残った。


 焔竜えんりゅうの復活と襲撃から既に二日以上も経っているせいか、半壊した公爵屋敷は既に火の気は無い。

 それどころか人の気配すら無い。


 屋敷の者たちは何処かに避難したのだろう。


「少しくらい屋敷を片付けに来てる人もいると思ったのですがね」


 エリネスさんは屋敷を見回しながら嘆息する。


 でもそれは仕方がないんじゃなかろうか。

 目の前にそびえ立つ火炎山の火口に消えたとはいえ、いつまた焔竜えんりゅうが襲ってくるかもわからないのだ。

 焔竜えんりゅうの驚異が去るまで火口に近い公爵屋敷に近寄るのは救助隊くらいのものだろう。


 まぁ、その人達の姿も見当たらない所を見ると、既に全員救助されたか、公爵家の者以外は見捨てられたのか。

 前者で在ることを願うばかりだ。


「エリネスさんたちの部屋は無事なんですかね?」

「私とエリネスの部屋はあちらですわね」


 エリネスさんが指さしたのは半壊した公爵屋敷でも損壊が少ない方の場所だった。


「無事そうですね。良かった」

「そうですわね。あの女の部屋は直撃だったようですけど」


 あの女……第一婦人の事だろうか。

 エリネスさんの言葉からすると、壊れ方が非道い屋敷の左半分のあたりが第一婦人の部屋があった所なのだろう。


「お父様はご無事なのでしょうか?」


 エレーナが心配そうにそう尋ねる。

 エリネスさんにとっては公爵は両親の仇みたいなものかもしれないが、エレーナにとっては父親でしかない。

 心配するのもわかる。


焔竜えんりゅうの襲撃があった当時は王城に集まっていたらしいからここには居なかったはず。そうですよねレイクさん」

「は、はい。私はそう聞いております!」


 俺の確認に伝令兵のレイクが答える。


「しかし、私は事件の直後に王都を出ましたのでその後のことは……」


 もっと詳しい新たな情報を知るためには兵士の集まる場所に行ったほうがよさげだ。


 俺達が今後の対策を話し合っていると、突然背後から声をかけられた。


「貴方様はもしかしてエリネス様!? そしてそちらはエレーナ様では!!」


 一斉に振り返る俺達に一瞬たじろいだその人物を見てエレノアさんが歓喜の声を上げる。


「マキーダ!! 無事だったのですね」


 マキーダと呼ばれたその人物。

 見かけは五十代後半くらいだろうか。

 この世界なので、色は元からかもしれないが、白髪をオールバックに整え、見事な白髭を蓄えている。


「エリネス様、王城での焔竜えんりゅう襲来でお亡くなりになられたと聞かされましたが、やはり生きておられたのですね」


 ん?

 王城でエリネスさんは死んだことになってるのか?

 どういうことだろう。


 そんな疑問が頭に浮かんでくるが、当のマキーダは声を震わせながら、よろよろと近づいて来て、やがてエリネスさんの前でへたりこんでしまった。

 その目は涙で濡れていて。


「エリネスさん、その人は?」

「この者は屋敷で私の世話をずっとしてくれていた私の味方の一人、執事のマキーダですわ」


 くたびれた表情と姿からは想像できなかったが、執事か。

 料理人のゼハスの方がよっぽど執事っぽかったけど、この世界にはこの世界の執事像があるということだ。

 なんせそこでぼけーっとしているインティアが男爵家では執事だったらしいからな。


「マキーダさんこそご無事でよかったです」

「エレーナ様こそ、よくぞご無事で……お二人が王城の柱に潰されてお亡くなりになられたと聞いてから今までずっと生きた心地がしませんでした」


 またもや泣き出すマキーダに俺は詰め寄る。

 さっきから彼が口にしている不穏な言葉の真意を問いたださなければならない。


「マキーダさん、さっきからエリネスさん達が王城で死んだと報告を受けたって言ってますけど、それってどういうことなんですか?」

「貴方は?」


 その時、マキーダは初めて俺の存在に気がついたのか、訝しげな表情で俺を見上げてくる。


「俺の名前は田中拓海。今はエリネスさん達の護衛のようなことをしてる」

「マキーダ、彼は私達の命の恩人ですわ」

「命の……はっ!? それでは崩れ落ちた王城からエリネス様とエレーナ様を救っていただいたのは貴方様なのですか!?」


 微妙に話が食い違っている。

 俺は一度彼に落ち着くように諭すと、近くに転がっていたちょうど良さそうな屋敷の残骸に腰掛けされて話の続きを聞くことにした。


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