第95話 フィルモア家へ

 俺達はあの後、執事のマキーダに案内され、現在救助のための拠点となっているもう一つの公爵家へ来ていた。

 キーセット家と並び立つフィルモア家。


 その外見はキーセット家と殆ど変わらない。

 ただこちらは焔龍の攻撃を受けていないらしく、無傷のままである。


 しかしその庭には大小様々なテントが立ち並び、ドワーフを中心に多種族が走り回っており、さながら野戦病院の様相である。

 そんなところでもエルフ族は俺が連れてきたインティア以外一人も見当たらないのが二種族の溝を感じさせる。


 回復や、火災の鎮火のための水魔法はエルフ族が得意とする所だというのに。


「見られてますです。とんでもなく見られてますですぅ」


 走り回る人達が、キーセット家の方からやって来た俺達をちら見した後、びっくりした顔で二度見してくるのにももうなれた。

 というか二度見されてるのはインティアだから俺には関係ないというのもある。


「仕方ありませんわ。あの事件以来、王都でエルフ族を見かけることはありませんでしたから」

「むしろ恐怖の対象として、子供の絵本ではえがかれてましたしね」


 エリネスさんに続いてエレーナが懐かしいものを思い出すかのように呟く。

 あれかな?

 しまっちゃおうオジサンとかそんな扱い?

 髭切っちゃおうオジサンみたいな。


「そんなぁ、酷いですますよぅ。こんなに可憐な乙女なのにぃ」


 乙女……。

 そういやこのエルフって、エリネスさんが子供の頃から男爵家に勤めていたって言ってたよな。

 エルフ族の年齢って、見かけからだとわかりにくいけど、実際何歳なのだろうか。

 

 トルタスさんの奥さんのファウナさんを頭に浮かべながらインティアを見る。

 ファウナさんに比べると成長しきってない感があるが、それは『個体差』かもしれない。


 人間だって巨も貧もいる。

 ドワーフだって……。


 そんな事を考えながらエリネスさんとエレーナをちら見したら、エレーナに微笑まれた。

 罪悪感が半端ないので軽く手を降って愛想笑いで返す。


「あ、あの……」


 そんな俺に横合いから女性の声がかかった。


「はい?」


 声の方を見ると白衣に身を包んだエリネスさんより少し若めの女性ドワーフが、少し顔を青ざめながらも立っていた。

 立派な髭にも汚れが目立ち、ここ数日の大変さが伺える。


 彼女は俺と隣に立つインティアを交互に見ながら声を震わせて。


「そちらの方はエルフ族で間違いないでしょうか?」

「ええ、そうですよ」

「不躾な質問なのですが、彼女は回復魔法は使えるのでしょうか?」

「使えますですぅ」


 インティアのその言葉に彼女はパァッと顔に笑顔を浮かべ、インティアの両手を握りしめる。


「えっ、えっ。なんですますか!? ワタクシにそういう趣味は無いですますよ!」


 しどろもどろになってわけのわからないことを言いながらうろたえるインティア。

 しかしドワーフの女性は、そんなインティアの動揺を無視するように頭を下げると。


「お願いします。救護テントに来ていただけませんか!」


 そう叫ぶような声で懇願した。


「私達の中にも回復魔法が使える人は居るのですが、とても人手が足りなくて」

「ええっ、どうしましょうエリネスさまぁ」


 インティアが戸惑いつつエリネスに尋ねる。


「行ってらっしゃい」


 エリネスさんはそう即答した後で「エルフ族とドワーフ族の壁を取り除く良い機会ですわ」と付け加えた。


「ありがとうございます!!」


 白衣のドワーフは大きな声でエリネスさんに頭を下げると「わわっ、ひっぱらないでくださいますですぅ~」と喚くインティアを強引に引っ張って、庭の中で一番大きなテントに引きずり込んでいった。

 あそこが救護テントなのだろう。


「それでは奥様、フィルモア公爵様の元へ参りましょう」

「ええ、案内お願いしますわねマキーダ」


 さっきの騒ぎが無かったかのように俺達は目の前の公爵屋敷の大きな扉へ、マキーダの先導で歩みを進めた。

 扉は既に開け放たれており、時折そこをいろいろな人達が出入りして物資を持ち出していた。


「公爵家だけでなく各貴族の屋敷は、いざという時のためにたくさんの物資が保存されていますのよ」

「はい。既にキーセット家の地下倉庫に蓄えられていた分についてはこちらに運び終えております」


 面白い仕組みだな。

 それは大事が起こった時には貴族が率先してそれに対処するということでも在る。

 開け放たれた扉がそれを物語っている。


「大災害とか起こったら、貴族とかって真っ先に逃げ出すものだと思ってたから意外だな」

「あらあらうふふ。拓海様の世界ではそうなのですか?」

「いや、まぁよく知らないけど人によるとは思いますけどね」


 俺達はそんな話をしながら屋敷の中に入る。

 一階のロビーは、いつもなら綺麗に磨かれているのであろう床も走り回る人達の靴跡で泥だらけになっていて、豪華な公爵屋敷のイメージとはかけ離れたものになっていた。

 それでも壁に掛けられている絵画等は素人目に見てもかなり立派な物ばかりだ。


 俺が辺りをキョロキョロ眺めていると、奥の部屋から大きな箱を抱えて出てきた女性ドワーフと目が合う。

 見事なほっかむりとモンペっぽい衣装が微妙に似合っていない。


「エリ……ネス?」


 その女性は俺の横でマキーダと何やら話をしていたエリネスさんを見つけると、目を驚愕に見開かせ、手に持った箱を地面に落としてしまった。


 ガシャン!?


 その音に気がついたエリネスさんが振り返ろうとした瞬間、女性が勢いよく走ってくるとエリネスさんに飛びついた。

 予想外の行動に俺はその動きを止めることが出来なかった。

 護衛として大失態だ。


「エリネスさんっ!!」


 驚いて汚れた地面に転がった二人に駆け寄ると、エリネスさんは「大丈夫だから」と俺を制し、抱きついたままの女性の頭を優しく撫でる。


「ファラ……心配を掛けましたね」

「エリネスぅ。生きて……生きてたのですわね」


 彼女の名はファラ・フィルモア。

 ほっかむりにモンペのその女性が、ダスカール王国フィルモア公爵婦人だと知るのはもう少しあとのことになる。



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