第86話 おしおき準備

「それにそこにいる奴隷服の小汚いエルフは、もしかするとバルクが騒いでいた脱走したという奴隷ではないか?」


 ドリュウズ男爵はエリネスさんから漂いだしたただならぬ気配に一切気がついていないのか、薄気味悪い笑みを浮かべながらインティアを指差す。


「おおかたその奴隷に扇動されて正義の味方気取りで奴隷解放にやって来たのだろうが、たった四人で何が出来るというのだね?」


 俺達四人を見渡してげひゃひゃひゃと笑うドリュウズ男爵は完全に俺達の戦力を見誤っている事に気がついていない。

 一見普通の貴族女性に見えるエリネスさんは、こう見えて光魔法と剣の達人だ。

 その横に居る俺は自分で言うのも何だが、ごく平凡な見た目に反してチート級の力を持っている。

 そしてその俺の後髪をチリチリと燃やし掛けている一見か弱い美少女のエレーナは炎魔法の使い手。


 後ろで右往左往しているインティアと、さっきここまで運んでくれたご褒美に上げた茎を一生懸命食べているウリドラの実力はよくわからないけれども、多分弱くは無いはずだ。

 一応エルフとドラゴンだしな。

 多分。


 とりあえずエレーナ、その炎もう少し抑えてくれませんかね。


「奴隷解放……ですか。貴方は彼女が違法奴隷だということを理解しているわけですね」

「違法奴隷? 何を言っているんだ。この領内で働かされているのは全員が犯罪奴隷であって違法な奴隷などはいない」

「ではお聞きしますが、彼女はどんな犯罪を犯したと?」


 エリネスさんの言葉をドリュウズ男爵は鼻で笑う。


「ふんっ、そいつは私がこの男爵領を受け継ごうとした時に、領民を扇動して反乱を企てようとした。だから捕まえただけのこと」

「わ、ワタクシそんな事してないですますよ」


 ドリュウズ男爵の言葉にインティアが反論する。

 まぁ、この駄エルフにそんな民衆をまとめるような真似出来るとは思えない。


「なるほど、政治犯という扱いですか、それなら仕方ありませんね。まぁ、インティアですし」

「納得しないでくださいますですか! エリネス様っ」


 エリネスさんのその言葉に勝ち誇ったような表情を浮かべるドリュウズ男爵。

 その顔に向けてエリネスさんが顕現させた光の剣を突きつける。


「ですが、貴方達がエルフ領内で行っていた人攫いについては完全な違法行為ですわ」

「ふんっ、どこにそんな証拠が在るというのだ!」


 エリネスさんが光の剣の切っ先を無言で男爵屋敷の庭に増築された建物に向ける。


「あの建物の中にですわ」

「なっ」


 男爵の顔色が一瞬にして青くなる。

 分かりやすいやつだ。


「居るのでしょう? 今、あの中にエルフ領からさらって来た人達が」


 今度はエリネスさんが悪い笑みを浮かべ、もう一度光の剣の切っ先を男爵に向ける。


「そ、そんな者が居るわけ無いだろう。あそこに居るのはそこにいるエルフと同じ犯罪奴隷だけだ」

「では、確認させていただけますか?」

「貴様らのような犯罪者共を敷地内に入れるわけがないだろう!!」

「あらあら、その犯罪奴隷の皆さんも犯罪者なのですよね?」


 エリネスさんがノリノリで男爵を追い詰めていく。

 彼女だけは敵にしてはいけないと改めて思う。


 男爵は明らかに挙動不審になりながら周りを見回して叫ぶ。


「何をしているお前達! さっさとこの公爵夫人を騙る不届き者共を捕縛せんかっ!!」

「し、しかしっ」


 躊躇している兵に男爵が更に声を荒げる。


「貴様っ! 俺様の命令に逆らうと言うのかっ!! 逆らうと言うならお前達も犯罪奴隷行きだぞっ!!」


 なんともひどい話であるが、その言葉を聞いて門前にあつまった兵士たちがゆっくりと武器を持ち上げ隊列を整えだす。


 でもまぁ、兵士ってのは仕えている相手の命令は余程のことがなければ拒否はできないだろうし仕方ないか。


 俺はそう考えながら半身に構えを取りながら周囲に注意を払う。

 油断している所を狙撃兵に狙われてはたまらない。

 エレーナ達に弓矢を放たれたとして、いつも俺が間に合うとも限らない。


「エレーナさん!」

「はっ、はい」

「次に弓矢が飛んできたタイミングであの爆発魔法を使って欲しいんだけど頼める?」

「わかりました。任せてください」


 まずは狙撃手を潰す。

 弓矢が一斉に飛んでこなかった所を見ると相手の中で長距離狙撃が出来る使い手は一人しか居ないんじゃないか。

 希望的観測だけど。


「ウリドラ!」

「ぴぎゅ?」

「エリネスさん達を守ってやってくれ」

「ぴぎゅっ」


 ウリドラが前足を上げて返事をすると前に出てきてエレーナの横にならんだ。

 ウリドラには悪いけど、普通の矢程度はウリドラの体なら防げるはずだ。

 なんたってドラゴンなのだし。

 

「拓海様、準備はよろしくて?」

「はい、いつでも」

「それじゃあ男爵様へのおしおきタイム……ですわっ」


 エリネスさんのその声と共に俺たち四人と一匹による男爵屋敷での本格的な戦いの幕は上がったのだった。

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