第87話 季節外れの虫取り講座

「公爵夫人を僭称する賊共をひっ捕らえろ!!」


 ドリュウズ男爵の叫び声にも似た号令に、兵士達は渋々ながら従う様に前に進み始める。

 それを尻目に、命令した男爵本人は一目散に門の中に逃げ込んでいく。


 情けないやつだ。


「エリネスさん、飛び道具は、魔法以外は俺がなんとかしますんで、存分に暴れていいですよ」

「お願いしますわ」


 ざっと見る限り兵士の中に魔法使いっぽいのは居ないから大丈夫だと思うが。


「エレーナさん、魔法が飛んできたらファイヤーボールで迎撃お願いします」

「はいっ、任せてください!」


 俺は弓矢の襲撃を警戒しつつ、襲いかかってくる兵士の意識を次々と刈り取っていく。

 さっきのエリネスさんと男爵のやり取りのせいか、兵士達にはやる気が感じられないから楽でいい。


「お前達を傷つけたくはないんだ。素直に投降してくれないか?」


 兵士の一人がそんな事を口にするが、勿論投降なんてするはずがなくて。


「それはこっちのセリフですわ! 貴方達こそあんな男爵の命令に従うくらいなら私達の味方になりなさいな」


 威力を痺れステッキ程度まで落とした光の剣を振るいながらエリネスさんが言い返す。


 その間も俺は一人、二人と腹を殴って気絶させていく。

 

「っ!? 来た!!」


 目の端あたりの木の上で何かが光ったと思った瞬間、俺は目の前に迫っていた兵士を蹴り飛ばし、あえてその飛翔してくる光に向かって走り出す。


「よっと」


 領主屋敷を囲む壁を軽く飛び越え、すれ違いざま俺はその矢を掴み取ると、射手が忍んでいると思われる大木に突撃し、その勢いのまま幹を蹴った。


「うわっわっわっわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 木の上で潜んでいたであろう狙撃手が叫びながら落ちてくる。

 なんだか昔こうやってカブトムシやらクワガタを取るゲームとかアニメがあったような気がしたり。


 バサバサバサッ。

 バキバキバキッ。


 枝が折れる音がして、逆さまになって落ちてくるその姿が目に入る。

 このままだと地面に頭から突き刺さって最悪死んでしまうな。


 俺は狙撃手の落下地点を目算し、その場所まで移動する。


「ぎゃあああああっ、助けてぇぇぇっ」


 叫び声と共に姿を表した狙撃手。

 その姿は俺が予想していたものと全く違って。


「女の人だとっ!?」

「きゃああああああああああっ、死にたくないぃぃぃっ」


 叫びながら、それでもその体程も在る弓を握りしめながら大柄な女性が枝葉の間から地面に向けて一直線に落ちてきたのをキャッチする。


「よっと」


 思ったより軽い。

 いや、俺の力が強くなり過ぎているのかもしれないが。


「大丈夫か?」


 さっき命を狙われたばかりの相手だというのについ優しく訪ねてしまう。

 まぁ命を狙われたのはエリネスさんなんだけど。


「きゅぅぅ」


 目を回してそれだけを言い残し気絶したその女の顔は迷彩のためか緑色の模様で彩られている。

 しかし、その彼女の耳は特徴的だった。


「エルフか? それに……」


 俺より少し背が高いくらいの大柄な彼女の耳はインティアと同じく尖っていて。


「奴隷の首輪か」


 その首にはインティアがはめていたのと同じ奴隷の首輪が付けられていた。

 この娘を奴隷の首輪で支配して男爵が狙撃を命令していたわけか。

 なるほど、エルフ族なら弓が上手いはずだ。


 いや、エルフが弓の名手ってのは完全に俺のイメージでしか無いんだけどね。

 なんたって俺のこの世界で見たエルフって街で普通に暮らしてる奴らばかりなんで。


 あ、インティアとかいうアレなやつもいるけど、弓とか扱えそうもないし。

 弓をひいたら、なぜか矢じゃなく自分が飛んでいくくらいはやらかしかねない。


「とりあえず戻るか。って、その前に」


 気絶したエルフ女を地面に横たえ、俺は屋敷の敷地内を見回す。


「居た!」


 少し離れた所。

 領主屋敷の扉の前で門の向こうの戦いの様子を見ている一人の髭の姿を俺は確認する。


 ドリュウズ男爵だ。

 

「あの兵士達の様子を見ると、あの男爵をひっ捕まえたほうが色々手っ取り早く済みそうだ」


 俺は門の向こうにばかり意識が向いている男爵の死角に回り込むように移動すると、一気にその間を詰める。

 風切り音にでも気がついたのか、ドリュウズ男爵が訝しげに振り向こうとするがもう遅い。


「げふぅっ」


 俺の拳が軽く男爵の鳩尾に突き刺さって一瞬でその意識を刈り取った。


「さてと、それじゃあ戻りますか」


 男爵を軽く肩に担ぐと、門へ向かうために歩き出す。

 どうせ担ぐならさっきの綺麗なエルフさんのほうがいいなぁとか思いつつエリネスさん達が戦っている場所へめを映すと。


 どかあああああああああああああん!!!


 その瞬間、目的地であるはずの門が爆音とともに吹き飛んだ。


「……エレーナさんか……」


 俺は死人が出ていませんようにと祈りながら歩みを進めるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る