第85話 突撃!領主屋敷

「ここがあの男の屋敷ね」


 兵士たちが走り回っている街中を避けて、ウリドラに乗って一気に領主館前までやって来た。


「屋敷の前で良かったんですか? 別にウリドラならそのまま中に突入出来たのに」

「ぴぎゅう」


 俺はてっきりあのままウリドラに乗って特攻をかけるものかと思っていたのだが、エリネスさんの指示で領主前に着陸することになったのだ。


「あらあら、私はきちんと筋は通しましてよ」

「筋……」

「きちんと正門から正式に訪問いたしますわよ。まぁ、それで公爵夫人である私を門前払いするようでしたら――」


 エリネスさんはそこで一瞬だけ言葉を途切れさせた後「残念ですが実力行使するしかありませんわね」と、全然残念そうじゃない表情で言い放った。


 時間はすでに夕方になろうとしている。

 ゆっくりと正門に向けて歩き出すと、警備をしていた二人の兵の片方が屋敷の中に慌てて入っていった。


 俺達がやって来た事を報告に行ったのだろうか。

 となると、既に伯爵や、最悪公爵の第一婦人派まで情報は行っていると考えるべきかもな。


「なんだかたくさんの人が出てきましたねお母様」


 エレーナが、開いた正門からゾロゾロと出てくる兵士達を見て声を上げる。

 さっきの兵士が連絡に行って間もないというのに、思った以上に反応が早い。

 もしかしたらインティアが脱走した事で、警戒して兵を集めていたのかもしれないな。


 俺達はそれぞれ武器を構えて待ち受けている兵士達の正面まで歩いてくと、彼らの顔が緊張で強張っていく。

 五秒ほど両陣営がにらみ合った後、エリネスさんが一歩前に出て彼らに向けて声を掛ける。


「これはこれは、盛大なお出迎えですこと」

「お前達が通報のあった反乱軍の幹部共か!」


 相手側の先頭に立っていた兵士が声を張り上げて手に持った武器を俺達の方へ向けて威嚇する。


「反乱軍ですって?」


 エリネスさんが呆れたような声を上げる。


「私はこのダスカール王国、キーセット公爵夫人ですわ」

「キーセット公爵夫人だと?」


 兵士はエリネスさんの言葉に彼女の体を上から下まで見回したあと「ふんっ」と小馬鹿にする様に鼻を鳴らす。


「そんな見窄らしい格好をした公爵夫人が居るわけ無いだろう?」


 そういえば突然の事で結局用意していたドレスをエリネスさんもエレーナも今は着ていない。

 それどころか動きやすさ重視の旅装のままである。


「人を見かけで判断してはいけませんわよ」

「そうです! お母様は正真正銘の公爵夫人ですっ!」

「そうだそうだー、エリネス様が嘘をつくわけないのです。昔はよく館を抜け出す時に私達に嘘を付いてたけど今はきっと嘘はつかないのです!って痛いっ」


 余計なことを口走ったインティアの頭を握りこぶしで無言で殴ったエリネスさんは、その兵士に向けて言い放つ。


「とにかく、男爵にお伝えくださいますか? エリネス・キーセット公爵夫人が尋ねてきたと」

「断る!」


 エリネスさんと兵士がにらみ合う。

 これはもう実力行使しかないだろう。

 

 シュッ。


 その時俺の耳にかすかな風切り音が聞こえた。

 と、同時、意図せず俺の周りの景色がスローモーションになる。


「えっ! ゾーン?」


 驚く俺の目の端に、こちらに向かってゆっくりと飛んでくる物体が映った。

 実物を見るのは初めてだが、多分あれは弓矢だ。


 その弓矢が進む先には兵士とにらみ合うエリネスさんの姿がある。

 俺は彼女と弓矢の間に一瞬で入り込むと、飛んできた弓矢を右手で掴み、地面にそのまま叩きつけた。


 バキッという音とともに周りの速度が元に戻る。

 同時にその音に気がついた皆が驚いた顔で俺の方を一斉に見る。

 彼らにすれば一瞬で俺が移動したように見えたのかもしれない。


「な、なんだっ」

「どうしましたか? 拓海様」


 俺はその言葉に振り向きもせず弓矢の飛んできた方向を警戒しながら答える。


「何者かが弓でエリネスさんをねらって撃ってきたんですよ」


 俺は足元に叩き落とした弓矢を足て後ろに軽く蹴って、彼女たちにわかるようにした。


「どこからこの弓が放たれたのかわかりますか?」

「弓矢が魔法とかでコースが曲げられたりしてなければ領主館の敷地の方からで間違いないとおもいますよ」


 俺の言葉にエリネスさんは一つ頷くと兵の方を向く。


「これは一体どういう事でしょう? 突然命を狙うとは、宣戦布告と取ってもよろしいですか?」

「いや、ちょっとまってくれ。 俺達はお前達を捕らえるようにとしか命令されてはいない」

「明確に命を狙っておいて?」

「それはなにかの手違いだ」

「手違いで命を狙われてはたまりませんわ」


 エリネスさんは余裕の表情で兵を煽る。

 片や、煽られた兵の方は脂汗を流し目をさまよわせている。


「手違いではありませんぞ」


 その時、門の向こうからそんな野太い声が聞こえた。

 俺達を警戒しつつも後ろの声の主を確認しようと兵士たちが振り返る。


「だ、男爵様。この様な場所に出て来られては危険です」

「かまわん、相手は四人しかおらぬではないか」


 男爵?

 まさかあの男がドリュウズ男爵なのか?


 身長は周りにいるドワーフの兵より小さい。

 顎髭は他のドワーフ同様地面に付きそうなほど長いが、何故か口髭がカイゼル髭になっている。

 違和感バリバリだが、そのカイゼル髭を自慢げに指で撫でている姿を見ると、ドワーフ族的にはあれは高貴な髭とかそういう物なのかもしれない。

 しらんけど。


「お前が公爵夫人を騙る大罪人か」

「お久しぶりですわねドリュウズ男爵。騙るも何も、貴方とは公爵家主催の舞踏会で何度かお会いしたはずですが?」

「お前のような偽物と私が? そんなはずはなかろう。私がお会いした公爵夫人はそのような見窄らしい格好もしていらっしゃらなかった」


 そしてドリュウズ男爵は自慢のカイゼル髭をピンッと弾いて言い放つ。


「なによりその様に薄汚れた見窄らしい髭で公爵夫人だなどとよく言えたものだな!」


 その言葉と同時に周りの空気が一変した。


 その瞬間、俺は思った。

 この男の余命は、持ってあと数秒だと。

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