第81話 領都セントニック
その日の昼過ぎ、俺達は領都セントニックの宿の一室に居た。
街の近くにエルネスさんとウリドラの力で身を隠しながら降りた俺達は、そこから徒歩で街に向かった。
途中畑を耕す覇気のない人たちとすれ違いながらたどり着いた街は、あの新築街ファルナスとまったく違っていた。
新しい建物が立ち並び、大通りも活気にあふれていたファルナス。
それに比してこの領都セントニックは、見渡す限り古い建物ばかり。
良く言えば『落ち着いた街』であり、悪く言えば『寂れた街』だ。
大通りにはそれなりの人が歩いており、領主館前の中央広場ではそれなりの規模の市が行われている。
だが、そこから一歩街の裏通りに入ると様相は悪化する。
表通りあたりはまだ『寂れた』で済む程度だったが、裏通りはまるで整備されていない。
酷い所だと、修理もされず朽ちて潰れたまま放置されている建物すら見受けられる。
そんな中を俺達はガルバス爺に先導され目的の宿屋に付いた。
外見はボロボロ。
とても宿屋には見えなかったが、ガルバス爺達の隠れ家的な場所だと聞いていたので内装は綺麗なんだろうと思っていた。
だが、内装も予想以上にボロボロだった。
階段も廊下も、鶯張りもかくやというくらいの音を立ててきしむ。
よく底が抜けないなといった廊下を俺とエレーナがおっかなびっくりで進む中、ガルバス爺とエリネスさんは、さっさと歩いていってしまう。
俺達はその背中を見失わないように頑張ってついていくのがやっとであった。
そうやってたどり着いた部屋は、予想外に小奇麗で逆に驚く。
ベッドをポンポンと叩いても埃が飛び散ることもなく、部屋の中も掃除が行き届いている。
壁には絵画も飾られていて、この世界の宿の部屋としてはファルナスで止まった部屋よりも良いのではなかろうか。
さすがにあの宿のような温泉設備は無いが、それでもここまでとのギャップが半端ない。
「エリネス姫様、お久しぶりでございます」
そんな部屋の中、エリネスさんの前で跪いた一人の老紳士の姿があった。
きっちりとした燕尾服を着た『THE 執事』といった男である。
髭だけど。
でも実際の執事ってこんな格好はしていないと聞いたことが在る。
一緒にいる雇い主がお金持ちだとバレると犯罪に巻き込まれかねないので、逆に普通の時は一般人みたいな格好をして付き添うのだとか。
車も富豪様が出歩く時は黒塗りの高級車などじゃなくファミリーカーをよく使うと聞いてがっかりした記憶がある。
「ゼハス、よく来てくれました」
名前も執事っぽい。
もしかしたらフルネームはセバスチャンとかそんな感じだったりするのだろうか。
「姫様が王都に行かれてから長きにわたり我々は貴方様のお帰りをずっと待っていました」
ゼハスが涙を堪えるような声で答える。
「私もあなた達のことを忘れたことなど一度もありませんでしたわ。とくにゼハス、貴方の料理は公爵家でどんな高級料理を口にしても忘れることは出来ませんでした」
「そんな、ありがとうございます」
ん?
料理?
「男爵家の料理長として、これほど嬉しい言葉はございません」
ちょっとまて。
「えっ、ゼバスさんってもしかしてコックさんなの?」
「貴方は拓海様……でございましたか。この度は姫様をお救いくださり感謝しております。私、元男爵家料理長のゼバスともうします。以後お見知りおきを」
立ち上がり俺に向かって髭が床に付きそうなほどの九十度の綺麗な礼をする彼の姿は、そこからどう見ても料理長じゃなく執事にしか見えない。
「こちらこそよろしくおねがいします。俺はてっきりゼバスさんは執事なのかなと思ってましたよ」
「ハハハッ、拓海様はご冗談がお上手ですね」
いや、冗談でもなんでもないし。
むしろ冗談だとしても上手くはないだろう。
「見ての通りどこからどう見ても料理人でございますでしょう」
どこからどう見ても執事です。
「それではエリネス姫様、私はこれから調理場にて夜の食事の準備をしてまいります」
「ええ、久々のゼハスの料理を楽しみにしていますわ」
「おまかせくださいませ」
綺麗なお辞儀をして部屋を出ていくゼハス。
右手を左胸に軽く当ててお辞儀をするその姿からは料理人の料の字すら思い浮かばない。
「拓海様? 何かありまして?」
「えっ。あ、いや。俺の中での料理人のイメージとゼハスさんが結びつかなくて」
俺は彼の出ていった扉に目を向ける。
アレが料理人だとしたらこの世界というか、このドワーフ族の執事って……。
「おや、やっと来ましたな」
窓の外を見ていたガルバス爺が声を上げる。
この宿が待ち合わせ場所なので先程のゼバスを含め実は既に何人もの前領主に仕えていた人たちがやって来ていた。
外見とのギャップはゼバスさんがナンバーワンだったが。
「拓海様、我が男爵家の最強の執事がやってまいりましたぞ」
今度こそ本物の執事さんが見れるのか。
しかも最強だと。
「インティアも呼んだのですか?」
「もちろんですじゃ」
何故かげんなりした表情のエリネスさんに一抹の不安を覚え……。
そしてヤツはやって来たのだった。
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