第82話 執事インティア

 部屋の扉を大きく開け放って入ってきたその人物に俺は一瞬どう反応して良いのか迷った。

 なぜならそこに立っていたのは、なぜか囚人服っぽい身なりで、首に重そうな首輪を着けた女性。

 それも、この領内に入ってからは一度も見たことがないエルフ族だったからである。


 ドワーフとエルフは現在犬猿の仲。

 なのにそのドワーフ領の男爵家にいた執事がエルフというのが信じられなかったのもある。


 俺が戸惑ったその一瞬の間に、そのエルフは部屋中を見回したかと思うと、おもむろに近くに居たエレーナに飛びかかった。


「エリネス様ぁぁぁぁぁ!!」

「きゃああああああああっ」

「ぴぎゅ」


 驚いたエレーネが、抱えていたウリドラを咄嗟に持ち上げ盾にした。

 そのおかげで、飛びついたエルフの熱烈なハグは未遂に終わり、逆にウリドラの前足蹴りで部屋の反対までふっとばされていく。


 ドゴッ!と鈍い音と共に、壁に飾ってあった絵がその頭に向けて追い打ちをかける。


 あ、あれは死んだかもしれない。


「まったく、インティアは相変わらずですわね」


 エリネスさんがその闖入者に向けて呆れたような声をかける。

 どうやら彼女がさっき話していた執事のインティアらしい。

 

 女の顔は攻撃されたにもかかわらず何故か恍惚としている。


「本当にこの人が執事さんなのですか?」


 俺の隣ではウリドラを抱えたエレーナが俺と同じ様な表情で立ち尽くしている。


「認めたくはないのですが、コレは確かに我が家の元筆頭執事のインティアですわ」

「筆頭ですか」

「ええ、筆頭です」


 執事筆頭というのがどれ位の地位なのかはわからないが、言葉的にそれなりに高い地位に居た人に違いない。

 違いないのだが。


「がっはっは。本当にインティアはお姫様ひいさまを前にすると人が変わりますな」

「笑い事ではなくてよガルバス」


 豪快に笑うガルバス爺を、珍しく眉間にシワを寄せて起こるエリネスさん。

 ガルバス爺の反応を見るに、どうやらアレが彼女の通常営業だというのか。


「イタタでございますですよエリネス様ぁ」


 ドン引きしている俺達の目の前で、死んでもおかしくないようなコンボを食らったはずの女エルフが頭を抑えながら立ち上がる。

 すーっとその額から一本、血の筋が流れ落ちるのを雑に取り出したハンカチで拭くと彼女は口を開いた。


「ワタクシとした事が、エリネス様にお会いできると聞いてつい珍しく年甲斐もなく我を忘れてしまいましたでございますです」


 年甲斐もなくと言われても、見かけは行ってても二十代前半位にしか見えない。

 ただ相手は長寿で有名なエルフ族である。

 見かけイコール年齢ではないのだろう。


「珍しく?」

「はい、珍しく。いつもの冷静沈着なワタクシをご存知でしょう?」

「知りませんわね」

「がっはっは! 確かにインティアはお姫様ひいさまが関わらない案件であれば言う通りですがのう」

「だからインティアを呼ぶのは反対だったのですわ」


 エリネスさんの言葉にあからさまにガッカリした表情を浮かべたインティアだったが、はたと何かに気がついたのか顔を上げ、エレーナとエリネスさんの顔を首を高速で左右に振りながら見比べだした。


「かわいかった頃のエリネスさまと、少し目尻にシワがあるエリネス様がっ! まさかコレがあの剣客様がおっしゃってた影分身なのでございますですかっ!?」


 あっ。

 エリネスさんのコメカミに今怒りマークが見えた気がする。


「ああっ、でもでもっ。 エリネス様なら何人いても、年増になろうとも私は愛せますですっ!!」


 ばちこーん!!

 何やらヤバ気な事を叫んで、今度はエリネスさんに飛びつこうとしたインティアだったが、エリネスさんが顕現させた光の剣によって床に叩きつけられた。

 器用なことに、その光の剣は剣の形ではなく、どちらかと言えばハエたたきみたいな形になっている。


 あんなことも出来るのか。


「誰が年増ですかっ! それにあちらは私の娘のエレーナですわよ!」

「エリネス様の……む……娘……。つまり姫様の姫様ということなのでございますですかっ」


 そう叫ぶと今度はエレーナの前まで四つん這いでカサカサとGKの様に這い寄っていき、エレーナの顔をじっと見つめだす。


「たしかに、エリネス様より目がパッチリしていて可愛さアップでございますですね。ワタクシとしたことが見間違うなんてっ」

「……」


 エリネスさんが娘を褒められて嬉しいやら、昔の自分より可愛いと言われて悔しいやら、複雑な表情でインティアを睨みつけている。


「あ、ありがとうございます?」

「ぴぎゅっぴぎゅっ」


 少し照れくさそうにお礼を返すエレーナと、いつ飛びかかられても蹴り倒そうと前足で素振りをしているウリドラ。


「うぐっ……ぐうううっ」


 その一人一匹の前で正座をしていたインティアを生暖かい目で見ていたが、そんな彼女が突如首を押さえ苦しみだした。


「インティア!?」

「むぅっ、これはいけませんな」


 ガルバス爺はもがき苦しむインティアの側に駆け寄ると、その首に巻かれた首輪の様なものにポケットから取り出した結晶を押し当てる。

 最初透明だったその水晶のような結晶が徐々に黒く濁っていくのに合わせて、苦しんでいたインティアが落ち着いていく。


「ガルバスさん、これって一体……」

「奴隷の首輪が作動しただけじゃ。この解呪結晶を使って外さぬ限り、定期的に脱走した奴隷の首を締めるようになっておる」


 奴隷の首輪。

 もしかしてこの格好からしてインティアは奴隷としてどこかで働かされていたって事か。

 そしてエリネスが帰ってきたと聞いて脱走してきたのか。


「こやつは見ての通りエルフ族だからの。いの一番に奴隷にされて岩塩鉱山送りにされておったのじゃ」

「げほっ、げほっ。ありがとうガルバス」

「礼ならいらんよ。お主がここにたどり着いたらすぐに解呪するつもりだったんじゃが、いろいろと無茶しよるから」


「それにしても」とガルバス爺はインティアの首輪をナイフで切って外しながら続ける。


「まさか本当に鉱山を抜け出してくるとはおもわなんだぞ」

「げほっ、エリネス様が帰ってこられたと聞いてワタクシが黙っていられるわけがないでございますですでしょう? それに……」

「それで貴女が死んでしまっては私達が領民を開放する意味が無くなってしまいますわよ」


 エリネスさんが倒れ込んでいたインティアの手を掴み立ち上がらせて「少し休みなさい」と、ベッドまで連れて行く。


「デレ期きたこれ!!」

「そこに眠ってなさい。永遠に」


 直後、また余計なことを言ったインティアは、そのままエリネスによってベッドに叩きつけられたのは言うまでもないだろう。


 

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