第72話 土壌改良

 俺はエリネスさんのその言葉に驚愕の声を上げる。

 見かけと違って武闘派だとは思ってたけどそこまでとは思ってなかった。


「いやいやいや、ヤバイでしょ。仮にも相手は男爵様だよ?」

「それが何か?」


 エリネスさんは「何を言ってるのかしら?」といった表情で俺を不思議な生き物を見るような目で見返してくる。

 その目は俺がしたい目だよ。

 

「勘違いしないでください拓海様」

「勘違い?」


 どこに勘違いする要素があったのだろう。

 俺が首を傾げているとエリネスさんが続ける。


「私は何も最初から男爵を倒そうなんて思っていませんわ」

「さっき倒すって言ったよね?」

「それは最終手段ですわ。まず出向いて交渉、それでも相手が言う事を聞かなければその時は実力行使。そういう事ですわ」


 そういう事って。

 どう考えても、あの騎士団を送りつけてきたような男爵様だぞ。

 こっちの意見を聞く訳が無い。


「何を言ってますの?」

「はい?」

「拓海様、私は公爵夫人なのですわよ」


 それは知ってるけど。


「公爵夫人の地位は公爵の次に当たります。私の場合は上にまだ第一夫人がいらっしゃいますけれど」


 エリネスさんはそこまで言うと少し悲しそうな目をして続ける。


「その私の『お願い』を男爵風情が無視したならどうなるかわかりますか?」


 今まで彼女から聞いた話からすれば、このダスカール王国は完全な身分制度の国だ。

 国王を頂点にして王家、そして二つの公爵家、その下に伯爵、男爵と続く。

 つまり。

 男爵が上位である公爵家の者に楯突く。

 エリネスさんのご両親、つまり前男爵夫妻がその結果どうなったのかでわかる。

 彼女がその言葉を告げた時、少し悲しげな顔をした理由を理解した。


 と、同時にこれはエリネスさんなりの復讐なのではないだろうか。

 俺はそう理解した。


「そこまで言うならしかたないですね、もちろん俺も一緒に行きますよ」

「拓海様が来ていただけるなら百人力ですわね」

「あっ、でもその前に少しこの村でやりたい事があるんですけどいいですか?」


 俺はあの痩せこけた畑をなんとかしてやりたいと思ったのだ。

 この緑の手グリーンハンドを使えばたしかどんな非道い土地でも作物を育てる事が出来る様になるはず。

 つまり痩せて野菜を育てるのが難しい土地を、野菜を育てるのに適した土地に帰る事が出来るかもしれない。


「ええ、構いません。私の方も準備が必要ですしね」


 エリネスさんはそう言ってガルバスを呼び、眠るウリドラを避ける様にして家の中へ入って行った。

 残された俺は、少年とエレーナの二人に「畑に行こう」と告げ村の入り口に足を向けた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ここが畑だよ兄ちゃん」


 俺達より先に駆けて行った少年が手招きする。

 ここまで歩いてくる間に聞いたのだが、少年の名前はツオールというそうだ。

 この村には十人ほどの子供がいて、彼自身にも妹と弟がいるらしい。


「拓海様の家の畑とはずいぶん違いますね」

「そりゃ、あっちはまだ家庭菜園程度だもの。エレーナがやってこなければ今頃もっと大きな畑にする予定だったんだ」

「す、すみません」


 俺の軽口が、予想外にエレーナにダメージを与えてしまったようだ。


「い、いや。別にエレーナが悪いって訳じゃないから。どうせエレーナが来なくてもウダウダしてて進まなかっただろうしさ」


 むしろエレーナが来てくれたおかげで、家中の魔導器具の使い方がわかって大助かりだ。

 その事を必死に伝えると、少し涙目だったエレーナの顔に笑顔が戻る。

 良かった。

 何気にツオールの目が痛い。

 お兄ちゃんは別にエレーナの事をいじめた訳じゃないからな。


「さて、早速畑の状態を見てみますか」


 そう言うと俺は右手を畑の上に着け『品質鑑定』と念じる。

 が、何も浮かんでこなかった。


「あれっ」

「どうしましたか拓海様?」

「いや、品質鑑定が失敗したみたいで何も出てこないんだよ」


 俺はもう一度少し気合いを入れて『品質鑑定』と念じた。

 だが、結果は一緒だった。


「拓海様、もしかしたらですが」

「何か気がついた?」

「ええ、地面じゃなくて畑の土なら鑑定できるのではありませんか?」


 なるほど。

 地面に直だと、畑を調べるんじゃなくてこの世界全てを鑑定する事になってしまっていたのかもしれない。

 で、緑の手グリーンハンドではそこまでのものはさすがに鑑定できないと。


「さすがエレーナだ。よし、もう一度」


 俺は畑から土を一握り持ち上げると『品質鑑定』と念じた。


=========


名前:土

属性:土

土壌レベル:低


=========


 おっ、出た。

 でもむちゃくちゃ項目少なくね?


「どうでしたか?」


 心配そうに覗き込むエレーナに俺は鑑定結果を告げる。


「それだけですか」

「それだけだった」


 かなり期待はずれではあったが、一応『土壌レベル』が低いのがわかっただけマシだろう。

 さて、早速緑の手グリーンハンドでの土壌改良を試すか。


「兄ちゃん、本当に畑を野菜いっぱい採れる様に出来るの?」

「やった事無いけど試して見る価値はあるんじゃないかな」


 俺はもう一度地面に手を付けて『土壌改良』と念じる。

 さっきの反省を踏まえて、緑の手グリーンハンドの効果を及ぼす範囲を村の周り百メートルに限定する様に頭に浮かべる。

 これで緑の手グリーンハンドの力が使えるかどうかは賭けだ。


 祈るような気持ちで、もう一度畑の土を握り込み『品質鑑定』と念じる。


 眼の前に浮かび上がったステータス画面。

 それを見た俺は、ついその顔をにやけさせてしまった。


 俺はその賭けに……勝ったのだ。



=========


名前:土

属性:土

土壌レベル:極上


=========


 もしかしたら少しやりすぎたかもしれない。

 そう思いながら俺は心配そうに見つめる二人に向かってサムズアップしたのだった。

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