第69話 vs騎士団

「ほほう、お前がエリネス様を騙る不届き者か」


 俺達が準備を終えて外に出ると、先に出ていったエリネスさんとガルパスが村の入り口で騎士達と対峙していた。


 彼らの横に居るのは彼らが乗ってきた馬だろう。

 見かけは競馬で見るサラブレッドというより、ばんえい競馬で重い荷物を引っ張っているとんでもないごつい馬の方に似ている。


 昔、日本に居た馬は小柄で足も短く、武田の騎馬隊はドラマとかで見る様なものではなく、実際は存在すら怪しいとかなんとか聞いた事がある。

 そういう感じの馬の上に、これまたずんぐりむっくりな巨体のドワーフの騎士が乗っているわけだ。


 装備や態度からしてあのドワーフが隊長格なのだろう。

 そして、その隊長の後ろに整然と並んでいる騎士が二十人。

 全員が全員、きっちりとした鎧を着込み、手に大きめの片手剣と盾を既に身構えている。


 髭のせいなのか、フルフェイスの兜の騎士は居ない。

 まぁ、完全に顔を覆う様な兜じゃあ、あの髭を中に収めておけないだろうしな。

 殴るならあの顔か。


「騙る? 貴方達がどの様な命令を受けてやってきたのかだいたい想像は付きますが、私は本物のエリネス・キーセットですわ」


 まっすぐ隊長の顔を睨みつけるように目で射抜きながらエリネスさんはそう声を張り上げた。

 だが、騎士隊長はその言葉を鼻で笑い飛ばした。


「はっ、罪人は誰も彼も同じ事を言うのだ。素直に捕縛されれば良し、そうでなければ」

「そうでなければどうしますの? 私達をここで殺しますか?」


 エリネスさんが底冷えしそうな声を出す。 

 あ、あの人、殺る気まんまんだ。


 たしかに既に俺達がここに居る事がバレた以上、おとなしくしている必要性は無いだろうけれど。

 それに、こいつら全員俺達を見て気持ち悪いくらいニヤニヤしてやがる。


「男爵様の命令に逆らうつもりか?」

「むしろ従う必要がありまして?」


 隊長はその言葉を聞くと、突然大きな声で笑い出す。

 それに合わせて、次々と騎士達が追随して笑い出す。


 嫌な笑い方だ。

 完全に俺達を見下してやがる。


 ひとしきり笑った後、隊長は後ろの騎士を手招きして告げた。

 あれが副官だろうか?


 正直鎧の色の違い以外では髭のせいでドワーフ達の顔の区別は付かない。


「どうせ炭鉱で働かせる事も出来ない奴らしか居ない村だ。男爵様に逆らう反逆者どもと、それを匿った村の全てを焼き尽くせ」

「はっ! 全員、準備っ!!」


 副官が騎士達の方を向き片手を大きく上げ号令を発する。


 それを待ってましたとばかりに前の方に居る騎士達は剣を構え、臨戦態勢を取り、後ろの軽装の兵士は背中から弓を取り出すとその先に魔法使いらしき男が火を付た。


 あれで村を燃やすつもりなのか?


「仕方ありませんわね」


 エリネスさんが光の剣を顕現させる。


「なっ、なんだそれは」

「これこそ私が本物のエリネスである証拠ですわ!」


 言うと同時にエリネスさんが隊長に斬りかかる。

 それは護衛である俺の仕事だろうに。


「しかたない、エレーナさんは後方の騎士をお願いします」

「わかりました」


 あれだけの重装備なら、エレーナの炎魔法を食らっても即死は無いだろう。

 火傷くらいするかもしれないが、それくらいは仕方が無い。


「なかなかやりますわね」

「伊達に国境を守る騎士団の隊長はやってないんでな」


 エリネスさんの一撃は、隊長の持っていた剣により防がれていた。


 あの光の剣でも切れないものがあったのか。

 それとも光の剣の出力を不殺レベルに落としている?


「そのご立派な隊長様がどうしてドラストなんかの手下に成り下がってますの? その腕が泣いてましてよ」


 エリネスさんが隊長の放った斬撃を光の剣で受け流しながら煽る。


 そんなエリネスさんに、さっき号令を飛ばしていた副官が横から襲いかかろうとしていた。


「させるかよっ」


 俺はこの度の間、ゆっくりと体に慣らしつつ上げた『すばやさ』を全力で発揮して、一瞬でエリネスさんと副官の間に入り込む。


 今にも振り下ろされそうな剣の動きが、途端にスローモーションになる。


 久々のゾーンだ。


 ゆっくりとした視界の中、突然現れた俺に驚きの表情を一瞬浮かべたものの、自分の剣で俺を斬り伏せられると思ったのだろう。


 副官の目に残忍な光が浮かんだ。


「ところがどっこい」


 俺は振り下ろされる途中のその副官の腕を片手で受け止めると、半身になりながらその勢いを斜め下方向に反らすように引く。


ズサッ。


 振り下ろされた剣はそのまま地面に突き刺さるが、これで終わりじゃない。

 俺はその勢いのまま、ちょうど肘辺りまで引き下ろされた副官の顔に、そのまま肘打ちを食らわす。


 人間の体で一番硬いのは肘と膝だというのを何処かで見た気がする。


 一応手加減はかなりしたので死んではいないだろうが、鼻の骨は確実に折れただろう。

 副官は「ぶごふっ」という謎の言葉とともに鼻から大量の血を吹き出しながらその場に倒れ、ピクピク四肢を震わせる。


「なっ、オルソン!」


 どうやらこの副官の名前はオルソンと言うらしい。

 狂戦士みたいな名前のくせに弱すぎるだろう。


「あらあら、よそ見してていいのかしら」


 一瞬俺達の戦いに気取られた隊長の肩口が鎧ごと光の剣で切り裂かれ、血が飛び散る。

 かなり痛そうだ。


 というかあの光の剣、いつのまにやら完全に実剣モードじゃないですか。


「拓海様、後は任せますわよ」

「あいよ」


 俺は周りを見渡して次の獲物を探す。

 次の瞬間、騎士達の後方で閃光が走り爆発が起こり、悲鳴が響き渡る。


「エレーナさんか」

「もう一発行きます!」


 二発目の爆発音。

 後衛の兵士達は武器を捨て逃げ回る。

 一応エレーナは手加減している……と思う。

 そうでなければ軽装の後衛兵士達は逃げる前にもう死んでいただろう。


 前衛の騎士達に動揺が走ったのを見て、俺は次の獲物に向かって走り出す。


 騎士と騎士の間、用意に相手が剣を振り回せない位置に飛び込み一人ひとりの顔面めがけ、次々と拳をめり込ませていく。


 勝負はものの数分で着いた。


「こんなもんか」


 一息ついて俺はエリネスさんの方を見る。

 あちらも勝負が付いたようで、無傷のエリネスさんの前に血だらけの隊長が倒れていた。


「おつかれさん」


 俺が手を上げてエレーナとエリネスさんの方に戻ろうと一歩踏み出した時である。


「うわああああああああああああっ、化け物めぇぇぇぇぇぇ!」


 唐突にエレーナが倒したはずの後衛の辺りからそんな叫び声が上がった。

 と同時に、ファイヤーボールがその男の手から放たれた。


「しまっ」


 男の放ったファイヤーボールは俺達の頭上を越え、一直線に先ほどまで俺達が居たガルバスの家に向かって飛んでいく。


 俺は全速力で駆け出す。

 しかしどう考えても間に合わないっ。


「う、ウリドラちゃん!」


 エリネスの叫び声。

 俺の向かう先、ガルバスの家の中からウリドラが外にフラフラと出てくるのが見えた。


 ヤバイ。

 このままだとウリドラごと家が……。


「ぴぎゅ?」


 家の外に出たウリドラに向かってファイヤーボールが一直線に飛んでいく。


 もうだめだ。


 そう思った時であった。


「ぴぎゅううう」


 ウリドラが一瞬で元の巨体に戻ったかと思うと、飛んできたファイヤーボールを――。


「んぐっ」


 大きく口を開いて食べてしまったのだった。



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