第68話 男爵領の現状

「お#姫様__ひいさま__#が王都へ向かわれて一ヶ月後位だったでしょうか。突然ドラスト伯の使いという者がお屋敷にやってきましてのう」


 一時間ほど領主夫妻と応接室で話した後、その使いは帰っていったという。


 不機嫌そうな領主の姿を見て、ドラスト伯が岩塩鉱山の利権についてまた横やりでも入れてきたのだろうと屋敷の皆は思っていた。


 岩塩鉱脈が見つかって以来、事あるごとに繰り返されてきた事だ。

 それはもう日常的な風景ともなっていた


 だがその翌日、領主が奥方を伴ってドラスト伯の屋敷に出向くと聞いて、いつもと違う対応に少し皆は少し違和感を感じたという。

 いつもなら適当に使いをやり過ごし、伯爵家に出向くこともなく要求の一部を飲む形で終わらせてきたはずだ。


 公爵様の舞踏会に招待され、直談判してやると意気込んで出ていったお#姫様__ひいさま__#も帰ってきていない。


 そんな時に、領主様のいつもと違う行動に出たのだ。

 使用人たちが不安がるのも無理はない。


「まさかあれが男爵様の姿を見た最後になるとは誰も思いませなんだ……」


 領主夫妻は、その後ドラスト伯と共に王都に向かい、そのまま帰らぬ人となってしまった。


 突然の訃報を持って男爵領にやってきたドラスト伯は、子飼いの貴族の息子――といってもドラスト伯より年上の男を代理領主として連れてくると、屋敷の使用人すべてを解雇し、自ら連れてきた使用人と兵士を代わりに配置して完全に男爵領を自分の直轄地にしたのだった。


「解雇されたワシらの様な者の内、男爵様に親しい者たちはそれぞれバラバラに辺境地へ送られたのですぞ」

「それでガルバスもこの村に?」

「そうですぞ」


 そして、新領主はさらに領民に一つの義務を課した。

 領内に住む若者たちには年に数ヶ月の強制的な岩塩鉱山での発掘作業を命じたのだ。


 この村に来て最初に感じた違和感。

 老人と女性、そして子どもたちしか居ない風景の理由はそれだった。


 だがそれではまだ人手が足りない。

 そこで目をつけたのが奴隷である。


「最初はドラスト伯領内の犯罪奴隷を連れてきて働かせておったのですが、犯罪奴隷は国が管理しておりますでの。いろいろ面倒だったようですわい」

「それで隣接するエルフ領から奴隷を仕入れようとしたわけか」

「なるほどですわね。そこにあの女……第一婦人派が絡んできたというわけですか」

「あの『公爵家の公認証』ですね」


 普通であれば国境の関所を通る時は荷物を全て検査され、通る者の身分も調べられる。


 当然攫った人達を檻に入れた状態で国境を超えることは本来なら出来はしない。

 なんせダスカール王国は表上、その手の奴隷については禁止しているからである。


 一応ドラスト伯の部下が関所に紛れ込んでるとはいえ、国交の無い他国との関所である。

 国から送られてきている息のかかっていない兵士も多いはずだ。


 普通の通行許可証の場合、どうしても荷物を調べるという手順を見せなければならず、その過程で闇奴隷売買がバレるリスクは大きい。

 そこであの『公認証』である。


 エリネスさん曰く、あの公認証があれば荷物検査はほぼ行われないため、檻をある程度見えないように隠しておくだけであの関所は通過できるらしい。

 それほどこの国では公爵家の力は強いということなのだろう。


 労働力と中央との繋がりを持ちたいドラスト伯。

 公爵家の中での勢力、もしかしたら王家も含めての勢力拡大を目指すために資金がほしかった第一公爵婦人派。


 その二つの勢力の利害が一致した結果行われた所業だったわけだ。


「それでエリネスさん。これからどうしますか?」


 一通り話を聞いたあと、俺はエリネスさんに今後の方針を尋ねる。

 今回のダスカール王国訪問のリーダーは彼女だ。

 俺はあくまで護衛に過ぎない。


 そもそもこの国の事は俺は何も知らないわけで、俺がこの先どうするかなんて決められるわけがない。


「そうですわね……」


 彼女は少し思案した後、顔をあげると「こうなってはあの人に起ってもらうしかありませんわね」と決意に満ちた目をして言った。


「あの人って――」


 そう彼女に尋ねようとした瞬間、家の扉が勢いよく開かれて、一人の村人が駆け込んで来た。

 彼は部屋の中を見渡しガルパスの姿を認めると、彼に切羽詰ったような声で告げる。


「そ、村長! 大変です」

「村長?」

「ああ、ワシのことじゃ。今はワシがこの村の村長をしておる。それで何の騒ぎじゃ?」


 ガルパスはその村人の状態に眉を寄せ厳しい表情で報告の続きを急かした。


「そ、それがっ。村に突然騎士の一団がっ」


 騎士だと。

 まさか、俺たちがここに居るのがもうバレたってのか?


「エリネス様を出せと。隠し立てするなら村に火を放ってあぶり出すと言って――」


 やっぱりバレたのか。

 いったいどこから情報が漏れたんだ。

 もしかしてあの野盗どもに他に仲間が居たのだろうか。


「ワシが見てきますので、お#姫様__ひいさま__#方はこの家の中で待機していてくだされ。万が一奴らがお#姫様__ひいさま__#の命を狙ってきたのだとしたら、その時はワシらを置いて逃げてくだされ」

「そういうわけにはいきませんわ」


 エリネスさんはそう言って立ち上がると俺とエリーナの二人に目を向ける。

 そうなると思ってた。


 俺は無言で彼女に頷き返すと、机の上に置いていた指ぬきグローブを手にはめる。

 隣ではエレーナが杖を握りしめていた。


「では、参りましょうか。ガルバス」

「まったくお#姫様__ひいさま__#は昔と本当に変わっておりませんな」


 俺たちの様子を確認したエリネスさんは、そのまま扉の前に立っていた村人を押しのけガルバスと一緒に家の外に出ていく。


 まだ光の剣は顕現させていなかったが、その後姿からは既に殺気すら感じた。



「もし戦闘が始まったら、エレーナは後方で遠目の相手に魔法攻撃して欲しい。近距離は俺たちがやるから」

「はい! お任せください拓海様」


 そんな簡単な打ち合わせを終えると、俺たち二人もエリネスさんの後を追って家を出た。


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