第61話 ドラスト伯の野望

「つまりお前たちは関所の役人から指示を受けて商人や旅人を襲っていたということか」

「はい……」


 俺は一人を残して全ての盗賊を奴らの持っていた縄で縛ると、エリネスさんとウリドラに監視を任せてその一人から情報を聞き出していた。

 時々何かを隠そうと口ごもるたびにエレーナがファイヤーボールを出して盗賊の近くにぶつけると、面白いように口を割る。

 所詮は盗賊である。


「しかも盗賊行為だけでなく、襲った人々を奴隷としてダスカール王国へ売りつけていたなんてな」

「それを手引きしていたのがドラスト伯だなんて、許せません」


 エリーネが怒りの表情で盗賊をにらみつけると、周囲の温度が一気に上がった。

 炎の指輪を手に入れてまだ数日、まだまだ感情が高ぶるとその力の制御が怪しくなる。


「エリーネ、落ち着いて。そのままファイヤーボール撃ったら確実に殺しちゃうから」

「あっ、はい」


 周囲の温度が今度は一気に下る。

 目の前で正座している盗賊の顔から脂汗がダラダラと地面に流れ落ちているのは暑さのせいだけではないだろう。


 盗賊の話をまとめるとこうだ。

 関所でドラスト伯とその部下が獲物を見定めて、一度書類の不備なりなんなりと理由をつけてその獲物を追い返す。

 追い返された獲物は仕方なく一旦街に戻るためにこの街道を通るわけだ。

 他にこの近くには道はない。

 そこを関所からの連絡を受けた盗賊どもが襲いかかるという事をコイツラは繰り返してきたらしい。


 奪った金品は盗賊たちの報酬となり、捕まえた人たちは関所を通してダスカール王国のドラスト伯領へ運ばれるらしい。

 そこから先は盗賊たちにはわからないが、多分奴隷として売られて行ったのではないか。


「エレーナさん、ダスカール王国には奴隷制度があるの?」

「はい、ありますが基本的に犯罪奴隷か、借金奴隷のみで、人をさらって奴隷化する事は許されていないはずです」


 しかも借金分を払い終われば借金奴隷は開放されるし、犯罪奴隷も重罪でなければ刑期を終えれば開放されるとのこと。

 ということはこいつらがやっているのはそういった正規のルートじゃない奴隷売買なのか。


「やっぱり彼奴等全員ブチのめしたほうがよかったんじゃないか?」

「私も少しそう思えてきました」


 エレーナは見かけによらずかなりの武闘派だ。

 一旦冷めた熱がまた燃え上がる。

 彼女の周りが熱でゆらぎ、その背には炎を幻視させる。


「ひいぃ」


 盗賊がそれを見て腰を抜かし、地面に染みを作った。

 こいつ漏らしやがった。


「エレーナ、落ち着きなさい」


 背後からエリネスさんの声がする。

 どうやら盗賊の監視はウリドラにまかせてやってきたようだ。


 縛り付けられ転がされた盗賊どもの方を見ると、ウリドラがその周りをぐるぐると歩き周って監視のようなことをしているのが見える。

 監視というか遊んでいるようだが、あの謎の巨体生物に見られていたら奴らも迂闊には動けないだろう。


「前から不思議に思っていたのです」


 エリネスさんは俺の横まで来ると、へたりこんでいる盗賊を見ながらそう口にする。


「何か心当たりでも?」

「ええ、第一婦人派の資金源についてですわ」

「資金源?」

「私たちは公爵夫人と言っても、実際は自分自身で自由に動かせるお金はほとんど無いのです」


 公爵家の財政は全て公爵自身が握っていて、その家族といえども勝手にその財力を使うことは出来ないらしい。

 完全無欠に亭主関白な国、それがダスカール王国なのだ。


「だというのに、第一婦人とその取り巻きたちは何処からか得た資金に依ってここ一年の間に一気に勢力を伸ばしていました」


 エリネスさんも自分とエレーナを守るためにその資金の流れを出来る限り調べたらしいのだが、彼女の力が及ぶ範囲がその段階で既にかなり制限されていて、結局その真相にたどり着くことは出来なかったらしい。

 そんな折に起こったのがエレーナの失踪事件だ。

 本来なら大事件なはずのそれが、そこまで大事になっていないのも、第一婦人の派閥の力ではないかとエリネスさんは語った。


「その資金源がこの人身売買ってわけですか」

「ええ、あのドラスト伯が第一婦人の資金源の一人なのは間違いないでしょう」


 憎々しげにそうつぶやくエリネスさん。

 彼女とドラスト伯の間には、先程の関所の件も含め、何やら因縁めいたものがあるように感じる。


「ドラスト伯っていったい何者なんですか?」

「彼は関所を抜けた先一帯の領地をまとめている伯爵家の現当主なのですが……」


 本来なら彼は伯爵家を継ぐ筈はなかったのだが、本来の跡継ぎ候補であった長男が不慮の事故で突然亡くなり、やつにその座が転がり込んだらしい。

 そして、彼女の男爵家が収めていた領地はその伯爵家が管理する土地の中の一つだったそうだ。


 今まで友好的な関係を築いていた地方の男爵家と伯爵家だったが、彼が当主の座に座るとその関係が一気に崩れ去った。

 増税に次ぐ増税に抗議した弱小貴族たちは、尽く難癖をつけられ取り潰され、彼に媚びへつらうものたちへその土地が与えられる等やりたい放題だった。

 俺が思っている以上にこの世界の、いや、ダスカール王国の貴族社会における身分差は大きいようだ。

 

 もちろんエリネスさんの男爵家も迫害を受けた。

 特に彼女の家は前伯爵と懇意にしており、その長男の派閥の筆頭とも言われていたらしく、かなりの無理難題を押し付けられていた。


 しばらくは耐えていた男爵家であったが、やがてそれにも限界が来る。

 それを悟ったエリネスさんは、ちょうどその時に開催された公爵主催の舞踏会に出席して公爵に直談判しようと決め旅立った。

 いくら招待されていたとはいえ、そんな場での直談判は身分差も含めて許されることではなかったろう。


 しかし予想外な事に公爵はエリネスさんを気に入ってしまった。

 嫁いでくるのなら願いを叶えてやらなくもないと言われた彼女は、その申し出を受ける他なかったのだが、娘を人身御供に捧げる訳にはいかないと両親が王都まで乗り込んできてしまったのは誤算だった。

 一地方の男爵家が国のトップともいえる公爵に歯向かうという行為がどういう結果を招いたのか。

 結果、男爵領は取り潰され、彼女の両親は命を失い、今はドルタス伯の取り巻きがその領地を治める事になった。


 後で元男爵家で働いていた者がエリネスさんを尋ねてきて彼女に伝えた事によると、あの時両親が公爵家に抗議に訪れた裏にはドラスト伯が暗躍していたらしい。

 当時元男爵家領内に見つかった岩塩鉱山の利権を巡っても、元男爵家と伯爵家を継いだドラスト伯との間に少なからず衝突があったとか。


 異世界人の俺の感覚からすると塩ごときでと思うが、海に囲まれた日本でも塩はかなり貴重な品だったはずだ。

 敵に塩を送るという諺すら在るくらいだ。

 ましてや周りに海も無さそうなダスカール王国では岩塩鉱脈は金鉱脈に等しい価値を持つのだろう。


「ドラスト伯はかなり強引な手段で、その岩塩鉱山の採掘を進めたようですわ」


 元々、弱小領である元男爵領。

 その上、領民に愛されていた領主を間接的にだが殺したようなドラスト伯に従う住民はほとんど居なかったようだ。

 勿論ドラスト伯はそんな反抗的な住民を強制的に岩塩坑送りにしたらしいが、それでも人が足りない。


 そして次に手を出したのが裏での奴隷売買というわけか。

 救えないな。


「自国民と違って、エルフ領の人たちならまともに国交が成立していない今、攫っても問題ないと踏んだのでしょう。特にエルフは国というまとまりは持っていませんからね」


 

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