第60話 殴りがいのある奴ら

「それこそ虚偽の報告ですわ」


 実際問題、その行方不明になった二人は今ここにいる。

 つまりその報告は全くの嘘、デタラメだ。


「ほほう、貴女はこの公爵家の封蝋が偽物だと仰るのですか? きちんと魔術での封印もされておりますぞ」

「っ……」


 しかしその伝令書は偽物ではないらしい。

 封蝋程度なら偽造も可能なのだろうが、魔法が絡むとなると偽造と言い切れないようだ。


「謀りましたわね」

「何のことやら。むしろ公爵家の者と騙るお前らこそ許されざる犯罪者ではないか!」


 ドラスト伯はそう声高に言い放つと、周りで戸惑う兵士たちに向けて「この者たちを捕らえよ!」と命令を下した。


「やるしか無いのか」


 俺は拳を固め、迎撃の構えを取る


「拓海様」


 今にも遅い掛かって来そうな兵士たちを前に、エリネスさんが後ろから俺の肩に手を置くと耳元でささやく。


「ここは一度逃げましょう」

「えっ、こいつらくらいなら俺たちなら一瞬で倒せるでしょ」

「そういう話ではないのです」


 何やら事情がありそうだ。

 俺は握っていた拳を解くと、馬車を曳いて全力で駆け出した。


「おいっ、待てっ!!」

「逃がすな!!」


 後ろから兵士が追いかけてくるが、俺の全力疾走に追いつけるはずもない。

 やがてその声も聞こえなくなった頃、俺は足を止め馬車を路肩に止めた。


「もう追ってこないな」

「それはそうですわ。こちらはエルフの領域ですもの」

「ドワーフ族はよっぽどエルフを恐れてるんだな」


 しかしどうしたものか。


「所で、どうして兵士を倒して関所超えしちゃいけないんですか?」

「それは簡単な話ですわ。まずあそこで無理やり押し通っても、その連絡が王都に伝えられてしまえば私達は犯罪者としてダスカール王国内では自由に動けなくなります」


 仮にもあそこは国交のない国との国境である。

 表で騒ぎを起こせば直ぐに伝令を送るように準備されているはずである。

 それも含めて一気に無力化出来るなら可能だが、流石に不可能だろう。


「エリネスさんの光魔法で変装するとかじゃだめなんですか?」

「いくら私の光魔法でも移動しながら動き回る全員をカバーするのは難しいですわ。止まった状態なら何とか出来るのですが」


 結構万能だと思ってたけど無理なのか。


「じゃあ全員を倒して伝令を送れないように何処かに監禁するとか」

「そんな場所がありませんし、あの人数を監禁して、ずっと何も出来ないようにさせるのは無理でしょう」


 たしかに。

 その日一日くらいなら気絶させておけばいいけど、何日もは無理だ。


「それに彼らはドラスト伯と彼の息のかかったもの以外は職務を全うしているだけの普通の真面目な兵士ですわ。その人達を巻き込むのは心苦しいのです」

「俺一人ならあの山を自力で超えられそうだけど、それじゃ意味がないしな」


 せめてウリドラが全員を乗せて空を飛べればいいんだが。

 俺はエレーナの腕の中で鼻提灯でのんきに眠っているウリドラを恨めしそうに見る。

 今のウリドラは飛べて地上一メートルくらいだし、何より飛んでる時は人が歩くくらいの速度しか出せない。

 色んな意味で残念なペットである。


「居たぞ!」


 その時、突然森の奥からそんな声が聞こえてきたと思ったら、森の中から十人以上もの武器を持った男たちが現れた。

 一瞬関所の兵士がやってきたのかと思ったがそうではないようだ。

 なぜならその盗賊たちは人間族とドワーフ族の混成部隊だったからというのと、彼らの武器や防具がかなりみすぼらしいものだった。

 そして先程の関所の兵士は全てドワーフだったし、何より兵士としてそれなりにキッチリした装備をしていた。


「へへっ、情報通りだな」

「ずいぶんと別嬪さんじゃねぇか」


 汚らしい身なりと、下衆な言葉遣い。

 どうやらこいつらはファルナスの街に行く前に倒した奴らと同じ野盗のようだ。

 だが、情報通りとはどういう事だ。


「まぁ、ぶん殴ってから聞き出せばいいか」

「拓海様、私達も手伝いましょうか?」

「いや、エリーナたちは馬車の中で待ってて、すぐ終わらせるから」


 俺のそんな言葉に周りを囲んだ野盗共が騒ぎ出す。


「おいおいおいおいおい、てめぇなにかっこつけてんだ?」

「俺たち全員を一人で倒せるとか本気でおもってんじゃねぇだろうな」

「お前みたいなひょろっこい坊主がなにカッコつけてんだよ。馬車の中の女の子に助けてもらえよ」


 同時にドッと野盗共が笑い声を上げる。

 どの顔も俺を完全に侮って油断しているようだ。


 俺は馬車の荷台から赤い革製の指ぬきグローブを取り出すと無言で両手にはめる。

 ファルナスの街の防具屋で買ったものだが、これ自身に武器としての力はほぼない。

 手の甲を少し守る事ができる程度だろう。


 だが、俺は店でこの赤い相棒を見つけた時にビビっと来た。

 こいつは俺を待っていたのだと。


 まぁ、簡単に言えば俺の失って久しかった中二病心が疼いただけなのだが。


「これこれ、このなんだかギュッギュッとする感じがたまらん」


 俺は両掌を握ったり開いたりして感触を確かめる。

 まだ新しい皮の硬めの感触に頬が緩む。


「待たせたな野盗の諸君。覚悟は良いか?」


 俺は振り返りそう告げると、体を半身にして左拳を顔の前、右拳を顎の下に構える。


「何かっこつけてんだよ。馬鹿じゃねぇの」

「ぎゃははははは」


 そう嘲り笑う野盗の中の一番近くに居た男に一瞬で肉薄すると、そのテンプルを軽く右フックで撃ち抜いた。


「ぶべらっ」


 変な声を出して数メートルほど殴り飛ばされた味方を、野盗たちは何が起こったのかわからず一瞬笑い声が止まる。

 俺は野盗どもが現状を認識する前に左ジャブで二人目をふっ飛ばすと近くに居た四人を次々に殴り飛ばして地面に転がした。


「野郎っ!!」


 その段階になってやっと他の奴らが現状を把握したのか武器を振りかぶって襲ってきたが遅い。

 奴らの攻撃はエリネスさんとの地獄の特訓を経験した俺からすると子供の遊びに程度にしか思えない。


「後はお前だけだな」


 ものの十秒もしないうちに馬車の周りには倒れ伏した野盗たちの山が築かれていた。

 その場に立っているのは俺と、俺がわざとのこした野盗一人。


「ひっ、化物っ」


 野盗は手に持った錆びた剣を地面に落とすと、その場にへたりこんだ。

 流石に化物呼ばわりはちょっと心に来る。


「さて、残るはお前だけだけど。俺の質問に素直に答えてくれるなら殺さないでやるけどどうする?」


 まぁ、別に他の奴らも殺しては居ないんだけどな。

 多分。


「は、はいっ、なんでも答えますぅ。だから命だけはっ」


 男はその場で見事な土下座をすると、そう震えた声で答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る