第57話 旅立ちの前日

「で、お嬢ちゃんたちはダスカール王国の公爵家の人で、陰謀に巻き込まれて飛ばされて刺客を差し向けられたと?」

「俺は違いますけどね」

「そりゃそうだろう。どう見てもお前は公爵家とか貴族には見えねぇ」


 俺たちは詰め所の奥でオッサンに今までのことで話せる範囲のことを語った。

 ちなみにドワーフ関連なのでエルフ族の衛兵には俺がオッサンに頼んで捕まえた刺客の方の尋問にまわしてもらった。

 なので今この取調室っぽい部屋にいるのは人族の衛兵数人である。


「しっかし、自国のイザコザを他国に放り投げないでほしいもんだな。まぁここは国じゃあねぇけどよ」

「そういえばずっと皆エルフ領とかエルフの領土とかエルフの支配域とか言ってて国名は聞いてないな」

「兄さんは本当に何も知らないんだな。それでよくこの国に住んでたもんだ」

「いやぁ、ほんとずっと引きこもってたもんで」


 オッサンが教えてくれた事によると、エルフという種族は基本独立心が強いらしい。

 なので一つの国という形は無く、それぞれ地域単位で小さな国みたいなものがあり、一応その中で一番歴史のある大きな国が外国との折衝を任されているらしい。

 一応便宜上『国』と言っているが、実際は国家という形ではなく、大きな集落みたいなものらしい。

 正直良くわからない形態だが、それは俺が現代日本の価値観に縛られているせいなのかもしれない。

 ちなみにドワーフの姫と政略結婚するはずだった王子はその代表国(?)の王子だ。


「だからといっちゃぁ何だけどよ。この国というか領域はけっこう自由なんだよ。そのせいでたまーに変なのが流れてきやがる」

「そうなんですか。じゃあオッサンたちは軍とかじゃない?」

「俺たちはまぁ、元々は自警団みたいなもんだったらしいぜ。他国と交易するようになって、バラバラなエルフ族ではどうしても手が回らないってことで、それぞれの街で勝手にその街を守る組織を作り出したのが最初らしい。今じゃ一応すべての街の組織は繋がっているがな」


 色んな意味で不安な組織だな。

 でもこの国、というか領域ではそれでなんとかなっているわけだから俺がとやかく言う必要もないか。


「で、お嬢さんたちはこの後ダスカール王国へ戻るのかい?」

「そうですね、しばらくは拓海様に御厄介になろうかと思っていたのですが、どうやら私たちが生きていることが相手にバレてしまったようですし」


 俺が最後に捕まえた男が持っていた通信魔道具。

 どうやら奴はあれを使って雇い主に俺たちの情報を流していたらしい。


「このままこのエルフの領域にいても、どんどん刺客が送られてくるってことか」

「ええ、死んだふりしていればしばらくは大丈夫だと思っていたのですが」


 たとえ襲ってきても全員返り討ちに出来る自信はあるけど、トルタスさんたちを人質に取られたり、街に迷惑をかける可能性を考えるとな。

 俺がゆっくり生活するためにも、早めにダスカール王国に行って根本を叩きのめす必要がある。


「まずはダスカール王国の国境を目指そうと思っていますわ」

「兄ちゃんも行くのかい?」

「ええ、ここまで関わった以上、最後まで彼女たちの護衛をするつもりですから。もし何かあったらずっと後悔しそうですし」


 その後、俺たちは簡単な取り調べとも言えないようなことを終え、オッサンたちと無駄話に興じた。

 本当にこの領域の自警団はおおらかというか適当というか。


「ハニスさん、よろしいですか?」


 部屋の扉の向こうから声がした。


「おぅ、いいぞ」


 オッサンが返事をする。

 どうやらオッサンの名前はハニスというらしい。

 今までずっとオッサンと呼んでたから名前は知らなかった。

 俺も大概適当な性格をしている。


「犯人のドワーフですが、髭を剃ると言ったら口を割りまして」


 入ってきたエルフの若い衛兵によると、あのドワーフ男はやはりエリネスさんたちの生死を確かめにこの地へ商人に扮して侵入してきたらしい。

 しかし目的地である森に辿り着く前に偶然この街で彼女たちを見つけ、もしもの時にと預かってきた魔物を使い人混みの中で始末しようと解き放ったとか。

 運悪く俺に気が付かれ、しかも予想外の速度と力で魔物を倒されたため、本国に連絡して逃げようとしていた所を俺に捕まった。


「ふむ、やはりお嬢ちゃんたちを狙ってたのか」

「でしょ、これで俺の正当防衛だって話が真実だとわかってもらえましたよね」

「ああ、それはそれとしてだ。捕まえたドワーフ男はどうする?」

「えっ、こっちで牢屋にいれるなりなんなり法律でさばいてもらえれば。ダスカール王国まで連れて行くわけにも生きませんし」


 後はこの国の法律に任せることにして俺たちは詰め所を後にした。

 ドワーフ男はこれから髭を剃り落とされ、その後中央地区に送られるそうだ。

 その後どうなるかは怖くて聞けなかった。


 待合室でトルタスさんと合流し、彼に俺たちは明日にもダスカール王国に向かうと告げる。


「そうですか、残念ですがまた戻っていらっしゃるのでしょう?」

「俺はこっちに家があるから戻ってきますよ。エリネスさんたちはあちらに家があるので難しいかもしれませんが」 

「それは残念です。せっかくお知り合いになれたのに」

「あらあら、大丈夫ですわよきっと。あちらでの用件を済ませましたらまたご挨拶に寄らせていただきますわ」


 あちらでの用件が大変そうなんだけど大丈夫だろうか。

 力押しでなんとかなるものならいいけど、流石にそうは行かないだろう。


 俺たちはその日、夜になるまで翌日からの旅の準備をトルタスさんに協力してもらい進めた。

 お金ならまだたくさんあるので、小型の馬車も用意してもらった。

 ちなみにこの馬車を曳くのは俺である。

 最初トルタスさんは俺が冗談を言っていると思ってたようだが、俺が軽々と馬車を引いてみせるとなんだか達観したような表情を浮かべ理解してくれた。

 一応街からある程度離れたらウリドラにもとの大きさに戻ってもらって曳いてもらおうかなとも思っているのだが、それは今は言えない。


 この街からダスカール王国の関所までは二日ほどの道のりだそうだが宿場町などは無いらしいので途中は野宿することになるだろう。

 俺はいいとして、お嬢様なエレーナは大丈夫だろうか。

 エリネスさん?

 あの人は大丈夫だろ。

 男爵令嬢時代に色々やらかしてるようだし、むしろ俺より野生児なんじゃなかろうか。

 今の見かけじゃ絶対わからないけど。


 そういえば待望の剣も手に入れた。

 鉄でできた両刃剣だが、今の俺には竹刀ほどの重さにも感じない。

 これでエリネスさんに稽古をつけてもらうつもりである。


 あとは革でできた装備も一式購入したのだが。

 思ったより着るのが難しくて、正直防具無くても防御力のある俺には必要ないかもしれないのでタンスの肥やし化しそうだ。

 

 エレーナやエリネスさんも動きやすい服を数着購入した。

 今までのお嬢様っぽい服も良かったが、これはこれでまた二人の魅力を引き立てている。


 そうして、この街での俺たちの最後の夜は過ぎていったのだった。 


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