第58話 ファルナスからの旅立ちと剣の稽古

 翌朝早く、俺達はファルナスの街を後にした。

 トルタスさん一家に別れを告げ、門から出る。

 馬車を人力で引く俺を見る門番の衛兵たちの驚愕の目に見送られながら街道を軽快に走る。


 一時間ほど走った所で一旦休憩し、今度はウリドラに馬車を引いてもらうテストをしようとしたがなかなかうまくいかない。

 全体的に真ん丸なクビレのないフォルムなので、ウリドラ専用に加工した馬具(?)が必要になったので昨夜適当に買ってきた皮で作ってみたのだがうまく固定できなかったのだ。


「ぴぎゅっ!」


 結局、本来なら馬を繋ぐ部分をウリドラが加えながら走るという形になってしまった。

 無駄に馬力があるのか、かなりの速度で走るのは良かった。

 だが加減を知らないせいで馬車の中の俺達にとっては乗り心地が極端に悪く、一時間ほど進んだ所でエレーナが車酔いでダウンしてしまった。


「すみません、私高速馬車は初めてで」

「あらあら、エリーナは王都の中の短距離馬車しか経験がありませんからしかたないですわね」


 一方、エリネスさんはかなりの揺れと振動が有ったにもかかわらず平然としている。

 流石である。


「ここからは俺がウリドラと一緒に歩きますよ。まぁウリドラはデカくなったといってもまだ赤ちゃんですしね」

「ぴぎゅう」


 街道横の草むらに座り込んでいるエレーナにウリドラがすり寄っている。

 ウリドラなりに謝っているのかもしれないが獣の言葉はわからないので真実は不明だ。


「それでは拓海様」

「はい?」


 エレーナが落ち着くまでの間、休憩することにした俺にエリネスさんが手に街で買った剣を馬車から下ろし、俺に差し出す。


「せっかくですのでこの間に剣の稽古をしましょう」

「今からですか?」

「ええ、関所までそんなに時間もありませんし、私が教えられる時間はそう長くは取れませんので」


 俺はエリネスさんから受け取った剣を鞘に入れたまま構える。

 流石に鞘から抜いた真剣状態ではエリネスさんを傷つけてしまいかねないからだ。


「あらあら、別に鞘から抜いても構いませんよ」

「いくら俺が素人だからって、力とか速度は俺のほうが上ですからね。怪我させたら申し訳ないですし」

「その言葉、後悔しますわよ」


 エリネスさんはそう言葉にした瞬間、右手に光の剣を生み出すと一瞬で俺との間合いを詰める。

 早い。

 だけど素早さは俺のほうがかなり上だ。


 エリネスさんが光の剣を下から斜め上に閃かす前に俺は詰められた間合いをバックダッシュで広げ、その剣閃を避けた。

 この人、マジで俺を切ろうとした?


「あらあら、流石拓海様。お早いですわね」

「速度だけなら負けませんから。というかいま本気で切りつけてきませんでしたか?」

「もちろん手加減はしてますわ。このくらいの光の剣の出力なら当たっても体がしびれる程度ですから安心して切られてくださいな」


 たしかにこの前見た光の剣に比べると、今彼女が手に持っているそれは少し薄く見える。

 でも、しびれるだけと言われてもあの剣に切られるのはゾッとしない。


「ではもう一度行きますわよ」

「っ!」


 しっかり彼女の動きを目にしていたはずなのに、次の瞬間には間合いを詰められている。

 これはあれか、特殊な歩法とかそういうやつか?


 俺は振り下ろされる光の剣を手に持った剣で慌てて大きく払うように弾く。

 力と速度は俺のほうが上だから出来たこと。

 技術的なことは何一つ勝てていない。


「そんなに大ぶりしちゃいけませんよ」


 弾くために勢いよく振り上げた剣を引き戻す前に、彼女のそんな声が聞こえたと同時に脇腹に衝撃が走る。


「ぐっ」


 今のはもしかして彼女は俺が剣で弾くことをわざとわかって狙っていたというのか。

 弾いたつもりだったが、その勢いを利用して彼女は光の剣を半円状に剣閃をコントロールし、がら空きの脇腹を切りつけたのだ。


「とんでもないですね」

「あらあら、拓海様も初めて剣を扱ったにしてはお上手ですわ」

「お世辞でしょう?」


 その言葉には彼女は何も返答せず、次から次に俺に向かって光の剣を閃かす。

 俺は必死にそれを捌くことしか出来ない。

 目の前の彼女はこれでもかなり手加減しているのが伝わってくる。

 ステータス上では俺のほうが圧倒的に上のはずなのに全く彼女に反撃出来ない。


 カイーン。


 そんな音とともに俺の手から剣が弾かれる。


「あっ」

「とどめですわ」


 咄嗟に俺は拳を握る。

 剣を使うために買った革の手袋が、ぎゅっと音を立てる。


「!?」


 途端、俺の視界が彼女の剣閃の軌跡を読み取った。

 またゾーンか。

 彼女の突きの速度を上回る動きで俺は体を撚るようにして避ける。

 と同時に突き出された彼女の腕を脇で挟み込むと、そのまま肘で彼女の体を押し倒し地面に叩きつけた。


「キャッ」

「お母様っ!?」

「ぴぎゃっ」


 ヤバイ、やりすぎた。

 俺は慌ててエリネスさんを抱き起こす。

 どうもゾーンに入ると俺はちょっとおかしくなってしまう。


「やられましたわ」

「すみません、俺……」


 謝る俺にエリネスさんは「いいのよ、私もちょっとやりすぎましたし」と微笑んで、背中についた砂埃を払い立ち上がった。


「それにしても突然動きが変わりましたわね」

「剣を弾き飛ばされた途端に何故か急に体が動くようになったんですよ。なんなんでしょうね」

「そうですわね、もしかして拓海様は剣を使わないほうが本来の実力を出せるのかもしれませんわね」


 エリネスさんはそう言うと、落ちていた剣を拾い上げて「これは使わないほうが良いでしょう」と馬車の荷台へ放り込んでしまった。


「そんなぁ、俺は剣でかっこよく戦いたいんですけど」

「人には向き不向きというものがあります」


 エリネスさんはそう言うともう一度光の剣を顕現させ、切っ先を俺に向ける。


「私もかなり鈍ってますから、感を取り戻すために拓海様、手合わせお願いしますわね」


 そうにっこり微笑んだのだった。

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