第56話 影の操縦者を探せ!

 衛兵が到着し、エリネスさんたちと合流した。

 俺は倒れた三人の刺客の元へ向かう衛兵の後ろ姿を見つめながらこの後どうしようかと考えていた。


「とりあえず衛兵には事情を説明しなきゃいけないんだろうけど、どうしよう」

「そうですわね、適当に誤魔化すしかないのかしら。それとも逃げます?」

「これだけ目撃者がいる以上難しいかと」


 そんな風に俺たちが喫茶店の隅で作戦会議をしていると、倒れた刺客の方へ向かった衛兵たちが突然騒ぎ出した。


「誰も居ないぞ」

「服だけだ」

「こっちもだ」

「どうなってやがる」

 

 服だけ?

 俺はその言葉に、一番近くに倒れている最後に倒した刺客を見る。


「!?」


 その刺客を取り押さえようとやってきていた衛兵の手には黒いマント。

 しかしその『中身』は地面を見ても周りを見ても何処にもない。

 さっき殴ったり投げ飛ばした時、確実にそのマントの中身はあったはずなのに。


「これは一体……」

「もしかしたら」


 呆然とする俺にエリネスさんが声を掛ける。


「拓海様が倒したのは召喚されたヒト型の魔物かもしれません」

「魔物? 形は人間にしか思えなかったけどそういう魔物もいるんですね」

「ええ、特に影の者はよくそういった魔物を使うと聞いておりますわ」


 影の者。

 忍者じゃなくて暗殺者とかだろうか。

 中二心が疼くワードだけど、その奴らの襲う対象が俺らなのが問題だ。


「ただ、森で私達を襲った魔物と違って、人混みに紛れて襲わせようとするには操る側も近くに居ないといけないはずです」

「ということはその召喚師か、操縦者はこの近くにまだ居るということですか?」

「そういう事になりますね」


 俺は彼女の言葉を受けて周りを見回す。

 だが、人混みのせいでよく見えない。


「ちょっと上に昇ってみてきますね」


 昔、会社の同僚が趣味でやっているというボルタリングジムに一度連れて行ってもらった事がある。

 あの時の俺は数メートル昇った所で力尽きてしまったが、今の俺なら。


 喫茶店を見上げる。

 デザイン性を重視した作りのおかげか、そこかしこによくわからない凸凹がある。

 これなら行けそうだ。


「ほいっ、ほいっ。ほいっ」


 俺は喫茶店の壁の凹みに手をかけると、リズムよく昇っていく。

 きちんとした位置に凹凸が並んでいるから、不規則なボルタリングの壁よりよほど登りやすい。

 ものの十秒ほどで一気に屋根の上まで上がるとそこには先客が居た。


「あっ」


 先程倒した刺客と同じような格好をしたそいつは、何やら大きなカバンにボールのようなものを詰め込もうとしている所だったようで、突然屋根に登ってきた俺を見て慌ててそのボールを取り落としかけていた。


「こ、困るなぁ。勝手に人の家の屋根に昇ってきちゃ」


 どう見てもこの喫茶店の関係者には見えないそいつが、そんな事を言いながらカバンにボールを詰め込むと口紐を締め背中に背負う。


「それじゃあ店に戻るから。君もさっさと降りないと衛兵を呼ぶからね」


 そう言って彼は屋根の端にある屋根裏部屋用の窓らしきところに向かって足を向ける。

 いやいやいやいや。


「逃がすわけ無いでしょ」


 俺は一瞬でそいつの前に回り込むと、驚いた顔のそいつに向かい、かなり力を加減したボディーブローを叩き込む。

 突然の衝撃に目を見開き倒れ込む男を右手で抱え、左手でそいつが取り落としかけていたカバンを掴む。


「こいつがエリネスさんが言ってた操縦者なのか?」


 俺は一旦カバンを屋根に置いて、その男のフードを取り去った。


「こいつは……」


 そのフードの中から現れた中年男の顔には全く見覚えはない。

 だが、その男の顔から生えた長い髭には心当たりがある。


「ドワーフか。となるとこいつは前に予想したエレーナたちが死んだかどうか確かめに来た輩ということか?」


 もしかしてエレーナたちに公爵屋敷で魔物をけしかけた召喚師ってこいつか?

 それにしては三下臭が半端ないけど。


 俺はドワーフ男の顔を隠すようにフードを元のように被せ、こいつが逃げようとしていた屋根裏部屋から中に入って店の中を通り下へ戻った。

 途中、店員さんや客が男を担いで階段を降りてきた俺を訝しげな表情で見ていたが仕方がない。


「エリネスさん、操縦者を見つけました」


 俺は喫茶店の前のオープンテラスまで戻ると、抱えた男を床に放り投げる。


「あらあらううふ、早かったですね」

「ええ、偶然ですがこの店の屋根にいたんですよ」

「それはこの方も運が悪かったようですわね」

「それでですね、この男が持ってたカバンがこれなんですが」


 俺はそういいながら男のカバンをテーブルの上に置く。

 口紐を解いて中からバスケットボールの半分くらいの大きさの玉を取り出した。


「あらあら、これは通信用の魔道具ですわね」

「通信用? 魔物を操るための道具じゃなくて?」

「ええ、だから多分この刺客は私たちの情報を本国へ送っていたのではないかしら」


 本国というとダスカール王国か。

 そして多分その相手というのはエレーナやエリネスさんを森へ転送させ、魔物を送り込んで始末しようとした奴らだろう。


 俺がその玉を見ていると、その肩がポンと叩かれた。

 振り返ると昨日あったばかりの衛兵のオッサンがそこに立って、何やら怖い顔をしている。


「タクミと言ったかな? 今回の騒ぎは君が起こしたとの証言を何人もの住民から聞いたのだが」

「はぁ、まぁ一応は。でも正当防衛ですよ?」

「正当防衛? 見ていた者の話によると最初に突然殴りかかったのは君の方だとか」

「えっと、それはですね」


 俺がどう弁明しようかとあたふたしていると、座っていたエリネスさんが立ち上がった。


「衛兵様、ここでは何ですので詰め所でお話いたしますわ。私たちのことと、今回のこの騒ぎのことも含めて」

「え、エリネスさん。いいんですか? ここはエルフの領界ですよ?」

「良いのです。それにここはエルフの領界と言ってもこれだけ多種多様な種族が貿易し合う街ですもの。大丈夫ですわ」

「でも」

「それに、何かあったら拓海様が助けてくださるでしょう?」


 そう意味ありげに微笑むと彼女はオッサンの方に歩いていき「そこの刺客を拘束して詰め所まで一緒に連れて行ってくださいな」と頼み込むとエレーナと他の衛兵も連れて詰め所の方へ向かっていった。

 なんというかマイペースというか大物である。


 残された俺は、呆気にとられつつも机の上の玉をカバンの中に戻し、刺客はオッサンにまかせて慌ててその後を追ったのだった。

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