第50話 おてんば元男爵令嬢と剣の師匠
やがて、その牛乳もどきを半分くらい飲んだ所でエレーナたちが風呂から出てきたので一緒に朝食にする。
今日はこの後、トルタスさんが迎えに来ることになっていた。
彼も引っ越してきたばかりで色々やることもあるだろうに。
「とってもいいお風呂でしたわ」
「昨日も入ったけれど、全部木でできたお風呂ってあんなにいい匂いがするんですね」
上流貴族な彼女たちもかなり満足したようだ。
うむ、よきかなよきかな。
朝食は宿のモーニングセットみたいなのを三人分頼んだ。
流石に我が家にあったパンに比べると固くて白さも足りないものであったが、丸めのパンと目玉焼き、そしてベーコンのようなものがセットになっていて値段もかなり安いものだった。
といっても俺はまだこの世界の通貨価値がよくわからなかったのでエリネスさんからの受け売りなんだけど。
そう、エリネスさんだ。
彼女は伯爵夫人という自分ではお金を払うような立場ではないくらいのガチ貴族なのにお金の価値とか庶民的なことにやけに詳しい。
話を聞いてみると、彼女が元々生まれた男爵家は、貴族とは名ばかりの田舎貴族な上にかなり貧しい土地だったらしい。
なので、エリネスさんは子供の頃から普通に町や村に出向いて領民の手伝いをしたり、そこで売っているものを買ったりしていたそうだ。
「あの頃はやんちゃしてましたわね」などと頬に手を当てて笑う彼女の今の姿からは想像ができない。
だが、ゴブリンどもと戦った時に一瞬見せたあの剣技とか、時折見せる庶民的な部分から間違いなく彼女のその過去話が事実だと俺に思わせた。
「そういえばゴブリンを一刀両断したあの光の剣ってどういう仕組みなんですか? というか剣の使い方は何処で?」
「あれはね、光をこうやって高密度で実体化させることで作れますのよ」
彼女はそう言いながら手元にナイフほどの小さな光の剣を作り上げると、皿の上のパンをスッと二つに切る。
なにこれ、滅茶苦茶便利そう。
「でも制御するのはなかなか難しいのですわよ」
そう言って光の剣を消すと同時に、パンが載っていた皿もまっぷたつに割れてしまった。
切れ味が鋭すぎる。
「後、私の剣は男爵家に一年ほど住んでいた剣士のお兄さんに教えてもらったの」
「剣士ですか」
「ええ、光の剣もその人に教えていただいて。今でも彼を超える剣の使い手には会ったことはございませんわ」
何者だその人。
剣客ってやつかな?
「すごい人だったんですね」
「ええ、とっても。私の初恋の人でもありますわ」
そう言って頬を染めるエリネスさんを微妙な表情で見つめるエレーナ。
そりゃまぁ娘としたら自分の父親以外の男とののろけ話聞かされても困るだろうな。
「俺も剣を使ってみようかな」
ここまでガーデンフォーク以外の武器は使ったこともなく、ずっと素手で戦っていたけど、やっぱり男の子としては剣でかっこよく戦いたいものだ。
今日の商談が終わってお金が入ったら、武器屋とか行って剣を買おう。
そうしよう。
せっかく剣と魔法の世界に来たのだ。
魔法は現状の俺には無理な以上、剣に賭けるしか無い。
「あらあら、それでは後ほど軽く手ほどきでもしてあげますわね」
「お願いします」
俺がエリネスさんにそう返事をするのをエレーナが「うわぁ……」とでも言いたげな表情で見つめていた事に、その時の俺は気がついていなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いやぁ、おまたせして申し訳ございません」
俺達が朝食を食べ終え食堂でゆっくりとしていると、何故か汗だくで息を切らせたトルタスさんが現れた。
彼は給餌の獣人娘に水を一杯注文すると、俺の対面の開いている席に座る。
ちなみにこの世界では水は有料だ。
魔道具で水道みたいなのがあるとはいえ、元の世界ほど簡単に飲み水は手に入らないので仕方ない。
「何かあったんですか?」
水を一気に飲み干して、額の汗を拭っているトルタスさんに俺はそう尋ねる。
「いやぁ、実はですね。朝から私のお店に何人もの商人が押し寄せてきまして」
彼曰く、どうやら昨日この店で俺達がトルタスさんに様々な品物を見せて、彼がその品物の商談を引き受ける事を何処かで聞きつけた耳ざとい商人たちが彼に自分の所に商品を売って欲しいと詰めかけたらしい。
壁に耳あり障子に目ありじゃないが、昨日は冒険者みたいな人達しか居なかったはずなのに、商人に一晩もかからずその情報が流れていた事に驚いた。
正直俺は家から持ってきた品物がそこまでの物とは全然思っていなかったから無防備過ぎたのかもしれない。
「もしかしたら昨日の奴らもその情報を聞きつけて襲ってきたのかな?」
「拓海様が襲われたのですか!?」
「ん? ああ、昨日の夜屋台に飲みに行ってその帰りにね」
昨日の出来事をトルタスさんに話す。
相手にもならなかったよと伝えると、彼はこわばった顔を緩め「野盗も簡単に倒してしまわれた拓海様ですからね。襲った方も災難でしたでしょう」と笑った。
しかしその様な輩も目をつけているとなると色々危険だと彼は真剣な表情に戻ると「私にいい考えがあります」と、フラグのような事を口にする。
「では、まずはこの街の詰め所に行きましょう。昨日の賞金を受け取りに行かないといけませんからね」
彼は懐から鉄貨二枚と銅貨数枚を机の上に置くと「ここは奢りますよ」と言って席を立った。
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