第49話 宿屋の朝風呂は最高です

「いてててて」


 いつの間にか部屋に戻って床で眠っていた俺が目覚めると、エリーナ達はすでに部屋の中にいなかった。


 彼女達を探すついでに二日酔いを覚ますために水を貰いに、食堂へ続く階段を下りる。

 受付のお姉さんにエレーナ達の事を尋ねると、どうやら彼女達は宿の中にある大浴場へ向かったとの事。


 食堂で水を貰った俺は、昨日ひと暴れして帰ってきたが風呂にも入らずバタンキューだったせいで少し汗臭い。

 そして少し酒臭い。


「じゃあ俺も風呂に行こうかな。お姉さん、エレーナさん達が出てきたら食堂で待っててって伝えておいてくれますか?」


 それだけ言い残して俺も風呂に向かう。

 風呂は一階の食堂と反対側にある。


 俺はまだ痛む頭を抑えながら脱衣所に入る。


 一応男女に分かれている入り口をくぐると、予想外にそこにあったのは番台と、その中で暇そうに本を読んでいるエルフの少女。

 俺自身、番台のある風呂なんてテレビとか漫画でしか見た事が無かったので少しテンションが上がる。


 番台越しにちらりとだけ見える女湯の脱衣所に自然な風を装って目を向けるが当然何も見えやしなかった。

 エレーナさん達の声も聞こえないのでもう中に入っているのだろう。

 残念。


「いらっしゃい」


 けだるげに本から目も上げずに言う少女はかなりやる気が無さそうだ。

 だが俺が漫画とかで見た銭湯の番台もだいたいそんな感じだったのでそういうものだという感想しかわかない。


 しかし宿屋の風呂に何故番台が? と思ったので後で受付のお姉さんに聞いてみたら、どうやらこの風呂は宿泊客だけでなく、街の人も普通に銭湯として利用しているとの事。

 それともう一つ。


「服を脱いだら持ってきてなぁ。入ってる間に洗うからぁ」


 本から一切目を離さずそう告げるエルフ少女。

 どうやら番台でクリーニングも受付ているらしい。

 しかも話を聞くと客が風呂に入っている間に洗濯から乾燥まで終わらせてくれるらしい。


 やる気が無さそうな少女だが、もしかして見かけだけで実はかなりの実力の持ち主なのだろうか。


 しかしその本そんなに面白いのだろうか。

 でもけだるげな少女の表情を見る限り、とても面白い本を読んでいる風ではない。


 俺は脱衣所で全裸になると、籠の中に備え付けられていたタオルで股間を隠しながら少女に脱いだ衣服を籠ごと手渡す。

 彼女はその間も片時も本から目を離さず籠を受け取ると、そのまま番台前にあるスペースに籠を置いた。


「それじゃ、お願いするよ」


 籠を渡した俺は、踵を返すと風呂に向かう。

 自宅の風呂以外では初の異世界風呂だ。


 木で出来た扉をガラッと開ける。

 途端にモワッとした湯気と熱気が俺の全身を包み込む。


「おおっ」


 流石に元の世界の観光ホテルにあるような立派な風呂と同じという訳には行かないものの、そこには十人くらいは入れそうな大きな木造の湯船と、それなりに広い洗い場が俺を待ち受けていた。


 洗い場の椅子と椅子の間にある大きめの瓶は体を洗うためのお湯だろうか?

 風呂場の中ではすでに先客が数人いて、その瓶からお湯をすくい取って体にかけたりしていた。


 室内風呂で露天などは無いが立派なものだ。

 とてもじゃないが女風呂を覗けるような場所は無さそうなのでお約束は期待できないが。


 先客の中にはかなりケモ度が高い全身毛だらけの犬獣人もいたが、衛生的な問題は無いのだろうか。

 まぁ、魔法のある世界でそんな事を心配しても仕方ないんだろうけど。


 俺はざっとかけ湯をした後、さっき見た犬獣人さんの横の洗い場に座る。

 石鹸っぽいものは無かったが、木で出来た入れ物が置いてあったので蓋を開けてその中の液体を手に出してみる。


「これ、液体石鹸かな?」


 くんくんと匂いを嗅いでみると、微かに石鹸ぽい香りと強めの木の香りがする。

 正直石鹸とかシャンプーとか期待してなかったけど、あるというなら使わねばなるまい。


 俺は洗い場に備え付けられていたヘチマスポンジみたいなのにそれを垂らしゴシゴシ体を洗う。

 結構泡立ちが良いし、何より木の香りがリラックス効果を上げている。


 ふと横を見ると、犬獣人が全身泡だらけになって羊獣人みたいになっていた。

 そっか、全身が毛だらけだとああなるのか。


 洗い場に置かれていたのはこの液体石鹸しか無かったので仕方なくそれで頭も洗う。


 普通の石鹸だと髪の毛はゴワゴワになってしまうのだが、お湯で洗い流してみてもゴワゴワにならない。

 リンスインシャンプーならぬ、シャンプー兼用液体石鹸か。


 そんなこんなで俺が風呂を満喫し、脱衣所に戻ると、すっかり綺麗にクリーニングされた服が籠に入っていた。

 魔法の世界すげぇなと思いつつ着替えて受付に戻ると、エレーナ達はまだ風呂から出てきていなかった。


 女性の風呂は長い。


 仕方なく一人で食堂のテーブルに座り、牛乳っぽい何かを注文して、飲みながら彼女達を待つ事にした。

 風呂上がりに牛乳というのがお約束というものだというのもあるが、酔い覚ましにもちょうどいい。


 そうして俺は朝のゆったりした時間を過ごすのだった。

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