第48話 酒は飲んでも飲まれるなっ!
「オヤジ、それとそれを一つずつちょうだい」
「はいよ」
日がとっぷりと暮れた街の中。
俺は一人、何かよくわからないがおでんの様な物を売っている屋台にいた。
とりあえず縞模様が入っているが卵の様な物と、大根っぽい形の茶色いやつを追加注文する。
ちなみに飲み物はオヤジのオススメだ。
結構強い酒みたいだが、飲み口が甘くてついつい何杯も飲んでしまっていた。
「あとこの飲み物ももう一杯お願い」
「お客さん、ちょいと飲み過ぎじゃないかい?」
「大丈夫だって、まだ酔ってないよぅ」
確かに体は少し熱を帯びて呂律も少し怪しくなっている。
しかし強化されているはずの俺の体がこの程度の酒でフラフラになるわけが無いはずだ。
多分。
もしかしてこの世界独特の怪しい草を使っている物なのではと思いつつ。
でも美味しいからいいかと継ぎ足されたコップをあおった。
「所でオヤジさ~ん」
「なんだい?」
「オヤジさんってどうして頭の上に耳生えてるの~?」
「そりゃ俺は獣人だからな」
「獣人って初めて見たよぉ」
ドワーフにエルフがいる世界だ、獣人がいても何ら可怪しくはない。
特にこの街はエルフ族の領地でも様々な地域の様々な種族が商売のために集まってきている場所らしいし。
俺は夜の大通りを歩いている人達に目を向ける。
そこかしこに人間以外の姿が見える。
一番多いのはやはりエルフだ。
基本イケメンと美女ばかりなのでわかりやすい。
次に獣人たち。
耳をモフりたいが、夜の街を歩いている獣人は滅茶苦茶厳ついオッサンが多いのが残念だ。
人間に少し耳が生えた程度から、顔全体が完全に獣な獣人までバラエティに富んでいて見ていて飽きない。
あとの住人は全員人間かな?
もしかしたら他の種族が混ざっているかもしれないが、見かけではわからない。
「毎度ありっ、気をつけて帰れよ兄ちゃん」
追加注文した分を食べ終わった俺は、懐からトルタスから貰ったお金のたっぷり入った袋を取り出すと、支払いを済ませ席を立つ。
気のいいオヤジさんに軽く手を振りつつ、千鳥足でフラフラと歩く。
感覚的には完全にお酒で酔った時と同じ様な感じだ。
しかも新入社員の頃、無理やり出席させられた忘年会で潰れるまで飲まされた時を思い出すくらい足元がおぼつかない。
記憶と意識をなくすほどではないだけまだましである。
「うえっぷ」
俺は急にこみ上げてきた吐き気に口を手で押さえる。
こんな大通りで吐いたら迷惑過ぎる。
慌てて少し涙が浮かんだ目で、人目につかず履けそうな場所を探した。
街頭に照らされて明るい大通り沿いでは無理だと、近くの路地に入り込む。
大通りの明かりが届かないくらい路地裏を進んだ所に排水路を見つけた。
そこに駆け寄って胃の中の物を一気に吐き出す。
「はぁ、スッキリした。さて、帰るか」
そう呟いて路地を戻ろうと振り返った瞬間。
ガツンッ!!!
俺の頭に向けて何か棒の様な物が振り下ろされ、大きな音をたてた。
大したダメージは無かったが、酔いが冷めていない俺は少しふらつきその場に座り込む。
「おい、お前らっ。こいつからさっさと金目の物を全部奪っちまえ」
座り込んだ俺を見下ろすように棍棒の様な物を方に担いだ巨漢の獣人がそう号令をかける。
すると、路地裏の暗闇の中から五人の獣人や人間の男、そしてエルフの女が次々と現れた。
「そいつ大丈夫なのかい?」
エルフの女が少し気遣わしげな声で号令をかけた男に尋ねる。
「何がだ?」
「思いっきり殴ったみたいだけど殺してないだろうね?」
男はその言葉を笑い飛ばすように鼻を鳴らす。
「知らねぇよ。でも動いてるみたいだから死んでねぇだろ? なぁ、お前、生きてるよなぁ?」
その言葉は俺に対する問いかけだろうか?
まぁ、死んじゃいないが。
ただ酔っている時に頭を殴られたせいで頭が少し痛い。
外傷じゃなく中から痛い。
「うるさいなぁ、頭痛いんだから大声出さないでくれよ」
俺は頭を手で押さえながら答える。
が、男は俺のそんな反応が予想外だったのか訝しげに表情を歪める。
「何だお前ぇ、結構余裕あるじゃねぇか。もう一発行っとくか」
そういって棍棒を振りかぶる男の表情には残酷な笑みが浮かんでいた。
「やめなって、死んじゃうよそいつ」
「うっせぇな、死んだ方が奪いやすいだろうが」
「街中で殺しなんかしたらすぐに足がついちまうだろ!」
男と女が結構な大声で怒鳴り合いながら揉め出す。
その大声のせいで俺の頭痛がどんどんひどくなっていく。
「もうアンタとは付き合ってられないよ! あたしゃ抜けさせてもらうからね!!」
エルフ女はそう捨て台詞を残すと路地裏の闇へ消えていく。
ああ、ようやく静かになった。
俺は痛む頭を抑えながら立ち上がる。
早く宿に帰らないとエレーナ達が心配するかもしれないなぁと思っていると、男の仲間達がそれぞれナイフっぽい武器を取り出す。
どうやらあの女以外は俺を殺す事に賛成なようだ。
「少しくらい金やるからもう帰っていい?」
俺は懐から袋を取り出すと、その中から数枚の銀貨を取り出して差し出してみた。
だが、その答えは無言で振り下ろされた棍棒で返された。
「ほいっとっとっと」
大振りの棍棒を、軽くバックステップで躱す。
しかし、まだ足元がおぼつかないせいで少しふらついてしまう。
「死ねっ!」
そこに別の獣人がナイフを突き出して来る。
心臓や首を狙うというのではなく、ただ無造作に俺の上半身を狙ったナイフを手首ごと掴む。
そして、同時に反対側から振り下ろされた人間族の剣をそのナイフで受ける。
「うえっ」
「なにぃっ」
路地裏に響き渡るナイフと剣のぶつかる金属音が鳴り終わる前に、剣を持った男を俺の動きを伺っていた男に向けて回し蹴りで蹴り飛ばす。
鈍い音がして壁にぶつかって倒れ込む二人を横目で確認しながら、次に手首を掴んだままの男を残った一人に向けて投げた。
「ほいっと」
先程の剣男とは逆の壁に同じ様に二人、潰れた様な声を出して白目をむく。
残るは目の前の獣人だけだ。
「まだやんの? 俺もう帰りたいんだけどさ。コイツラ連れてさっさと病院にでも行った方がいいと思うよ……うえっぷ」
少し動いたせいで、治まっていた吐き気がまだぶり帰ってきた俺は、げんなりとした声で男にそう告げる。
「あっ……はい、そうする……です」
先程まではあれほど凶悪な表情を浮かべていた獣人は、手のひらを返したようにペコペコと俺に向けて頭を低くしながら男達を担ぎ上げて早足でその場を逃げ去っていった。
「大の男を四人抱えられるとかすげぇな」
まぁ、今の俺なら十人以上は軽く担げそうだけれど。
「さて、帰るか……って道わかるかな。さっきのやつに道案内くらいさせるべきだったか」
俺は痛みを訴える頭と、吐き気にフラフラになりながら、宿に戻るために裏路地から大通りに向けて歩き出した。
お酒に強くなる種とか何処かに無いだろうか。
そんな、どうしょうも無い事を呟きつつ。
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