第二章 初めての旅路。
第47話 新築街ファルナス
「ここはファルナスの街だ」
門を入った所に立っていた門番がこの街の名前を教えてくれた。
本人にはそのつもりは無いだろうけど、まるで有名RPGで新しい街に着いた時に一番初めに聞く言葉みたいで思わず吹き出しかけたのはここだけの話。
ファルナスの街は作られてまだ数年しか経ってい無いので、街というより町という方が合っている気がするが。
「結構人が歩いてますね」
女神様から滅亡しかけた世界と聞いていたので、てっきり人口密度はかなり低いんじゃないかと思っていたけど。
夜の帳が下りようとする時間だと言うのに大通りにはかなりの人達がいる。
道路の左右にはところどころ屋台の様な出店もある。
「ここはいろんな村から避難してきた人達も住んでますし、何より人間の国とドワーフの国への通り道にあるので、それぞれの国への行商人とか旅人のおかげであっという間にここまで成長したのですよ」
そのかわり川向こうの街はかなり寂れてしまいましたがと続けるトルタスさんは少し寂しそうな顔をしていた。
彼も今まではあちらの街で店を開いていたそうなのだが、人の流れが変わったせいでメインの客層であった旅人や行商人が激減し、妻の家族が住んでいるこの街への移住を決めたそうだ。
「妻の作る薬は評判が良いのです」
そう嫁自慢をするトルタスさんの話を聞きながら俺達は彼が用意してくれた宿にたどり着く。
因みにその妻のファウナさんと娘さんの二人は先に彼女の実家へ馬車でそのまま向かって行った。
彼女も馬車を普通に扱えるのは驚きだった。
宿への手配も彼女の風魔法で、要件を書き留めた手紙を宿に飛ばす事で行われた。
さすが魔法の世界である。
俺はファウナさんが予約してくれたその宿の玄関前で見上げる。
そこは木造三階建てで、出来てから日が浅いせいもあってかかなり立派な建物に見える。
「はじめての異世界宿か……」
俺達は明日、野盗を捕まえた報奨金を貰うまでは無一文である。
その報奨金もいくら貰えるのか今の所はわから無い。
そんな事を心配している俺を他所に、トルタスさんの女性陣二人はそのまま宿の中に入って行く。
俺は慌てて彼らの後を追って宿の待合室へ入った。
「いらっしゃいトルタスさん、ファウナさんに頼まれた部屋は取ってあるよ」
「ありがとうございます」
「色々大変だったんだってねぇ」
「ええ、ここにいる拓海様に助けてもらわなければ今頃は……」
暫くの間、トルタスさんとカウンターの女性の近況報告を聞きつつ、俺は待合室を見回す。
奥の方は食堂の様になっていて、冒険者風の人達や、行商人と思われる人達が食事をしながら寛いでいた。
そういう風景を見ているとなんというか、やっと異世界に来たんだなという実感が湧いてくる。
家ごとこの世界にやってきたせいでそういう異世界成分に飢えていたのだ。
いや、エレーナの魔法やエリネスさんの髭なんかは十分インパクトはあったけど。
「拓海様」
話が終わったのかトルタスさんが俺の方に鍵がついた木の板を差し出しながら歩いてきた。
「部屋は二階の一番奥の角部屋だそうです」
「そうですか、ありがとうございます」
俺は鍵を受け取りながらトルタスさんにお願い事を口にした。
「それでですね、実は俺達お金を持って無いんですよ。ですので宿の支払いは明日報奨金を受け取ってからでもいいか聞いてもらえませんか?」
「そうなのですか?」
「ええ、街で家から持ってきたものを売ってお金にしようと思っていたものですから」
そう言って懐から妹の部屋から持ってきた空のガラス瓶を一つ取り出す。
途端、トルタスさんの目の色が変わった。
先程までの温和そうな目は一瞬で消えさり、まるで獲物を前にした獰猛な獣の様なギラついた目になったのだ。
もしかしてこれが商売人の目なのか。
「こ、これは一体どこで?」
今にも俺の手ごと瓶を掴みそうに両手を震わせながら問いかけてくる。
「どこで買ったかは知ら無いけど、家の中に置いてあったから持ってきたんだけど何かヤバイものですかね?」
「ヤバイもなにも、こんな精緻な細工がされたガラス瓶なんて私は見た事がありません」
そうなのか。
化粧品か何かの瓶だから、女性ウケしそうなデザインだとは思うけどそこまでかな。
というかガラス瓶自体はこの世界にもあるのね。
ふと横に立つエレーナを見ると結構なドヤ顔をしている。
多分自分が目利きした品物が商人に評価された事を自慢したいのだろう。
「これをいくらで売却するおつもりでしょうか?」
「いくらと言われても俺には相場とかわから無いんですよね。森に引き篭もってましたから。エレーナさんはわかる?」
俺はドヤ顔のエレーナに聞いてみるが、エリネスさんと二人揃って「自分で買った事が無いのでわかりません」という答えが帰ってきた。
お嬢様だから良いものを見分ける目はあっても自分でお金を払うという事をした事が無いのだろうか。
「というわけで俺達にはその瓶の価値はわから無いんですよね」
「でしたらぜひ私にこの瓶を売るお手伝いをさせていただけませんでしょうか?」
道中のおっとりとした彼はどこにいったのかというくらいグイグイくる。
といってもその申し出は俺にとっても渡りに船。
この街の事どころかこの世界の事もよくわかって無い俺が売り先を探しても、足元を見られて二束三文で買い叩かれる可能性が高い。
エレーナ達もそういう事に関しては役に立ちそうも無いし。
「そうですね、俺達が売りに行くより安心でしょうし、トルタスさんにお任せします」
「ありがとうございます。けして期待は裏切りませんよ。あっ、それと先程の宿代の件なのですが」
「ああ、そっちも何とかお願いできますか?」
すっかり話が逸れて忘れる所だった。
明日の朝文無しで通報されるのは絶対困る。
「それについてはすでに私が払っておきましたのでご安心ください」
「では明日お金が入ったらお支払いしますね。その瓶を売ったお金から手数料と一緒にプラスして差し引いてもらっても構いませんけど」
俺がそう言うと彼は一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、満面の笑顔を浮かべ言った。
「そんな、拓海様からお金を取れるわけ無いじゃないですか。今日の宿代は私からのお礼です。後ここまでの護衛料も手持ち分だけ先に支払わせていただきますね」
「えっ、それこそ悪いですよ」
「何をおっしゃいますやら。はい、どうぞ」
トルタスさんはそう言うと懐から取り出した袋を俺に押し付ける様に手渡してきた。
ずっしり重い……と思う。
軽く降ってみると、中でジャラジャラ音がした。
「残りの分は明日という事で」
「は、はい」
その後、俺達は他に持ってきていた妹の部屋でエリーナにより目利きされた品々をトルタスさんに全部見せるため机の上に並べる。
リュックから品物を取り出す度、驚きの表情を浮かべる彼のリアクションは最高だったとだけ付け加えておく。
トルタスさんが帰った後、俺達は宿屋の食堂でトルタスさんから貰ったお金で食事をしてから部屋に向かう。
因みに食堂の料理はどれもこれも美味しかった。
エルフの領地と聞いていたからヴィーガン料理みたいなのばかりかと思っていたが、普通に肉料理も魚料理もあったのは驚いた。
俺達三人と一匹はトルタスさんの言っていた二階の一番奥の角部屋まで歩いて行き、受け取っていた鍵を開けその扉を開けた。
「うわぁ、私こういう部屋に憧れてました」
「ぴぎゅー」
早速エレーナが部屋の中を見回してそんな声を上げる。
そしてエレーナの腕の中から開放されたウリドラが室中を駆け回り始めた。
この部屋の下は食堂だから、少しぐらい騒いでも大丈夫だとは思う。
部屋の中は大きなベッド二つ並んでいる他は、小さめの机と椅子が四脚あるだけの質素な作りだった。
ただ建てられてまだ数年しか経ってい無いのと、清掃がきっちり行き届いているので貧乏臭さは感じられ無い。
かすかに漂う木の香が心を癒やしてくれそうだ。
「さて、今気がついたんだけど」
俺は自分の迂闊さに部屋の中を見回してから気がついた。
ここ四人部屋じゃね?
つまり――。
「俺とエレーナさん達と一緒の部屋みたいなんだけど、大丈夫かな?」
「えっ」
「あらあらうふふ」
エレーナが俺のその言葉を聞いて一瞬で理解したのか、はしゃぐのを止めて頬を赤らめる。
一方エリネスさんはいつもと全く変わら無いまま微笑んでいる。
「いや、もちろん俺が何かするなんて事は絶対に無いんだけどね。ほら、気持ち的な問題でさ」
エレーナの素直過ぎる反応に俺はシドロモドロになりながら早口でまくしたてる。
そんな俺を見かねたのかどうなのか、エリネスさんが答えた。
「私達の事ならお気になさらなくても結構ですわ」
「お母様?」
「私達は拓海様を信じていますもの、ね? エレーナ」
「は、はい! もちろんですっ!」
エリネスさんに促され、エレーナが上ずった声を出す。
「ですけれど」
「はい、何ですか?」
「今から私達は夜着に着替えますので、その間だけ部屋の外に出ていただけると幸いですわ」
うふふふふと怪しげな笑みを浮かべてそんな事を言われた俺は「は、はいっ! 少しの間外の屋台にでも行ってきます!」とだけ言い残し部屋を飛び出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます