4-4 「私の方が偉いんだぞ。馬鹿とかいうな」

エリスの予想は的中した。ベネディット以前と以後では、明らかに神殿が開催する行事の規模に違いがあった。念のため魔王にも事情を伝え、ロムリア全土での傾向も調べてもらう手はずとなっているが、その結果を待たずに次の行動に移る。


豪華な出し物を用意した儀式を行った神殿のほとんどは、ベネディット派の大神官が治めている。これで無関係とは思えない。神殿と交渉し、王国軍の出動要請を要請した。正式な手続きを踏んだ後、再びイルルス軍の一隊が進軍を開始。


先の介入も伝わり、騒ぎになっていた。神殿に残り、最後まで抵抗した者は一人もいなかった。大神官一人を残して逃亡、もしくは投降。大神官は毒をあおって自殺した。


神殿の私室に残されていた私財を見る限り、前回の大神官と同じように、何者かから利益供与を受けていた形跡がある。イルルスの大神官にしては、あまりにも裕福だ。


エリス達は確信を深め、ベネディットとランカプールの、つまりはヴィルヘルムとアルフレッドの共謀があったとの結論に至った。あとは、その証拠を掴むだけだ。しかし、それが一番難しい。


「私が潜るのが一番なんだけど、私はここ、出してもらえるの?」


いくら貴人としての待遇を受けていても、牢屋は牢屋だ。出たいといって出られるのだろうか。


「別な場所に移送するという名目で、数日ならばご用意できると思いますが。将軍自ら動かねばならないので?」


騎士達は、部下にやらせればいいではないかと思っている。


「そういうのは私がやることになってるからね」

「しかし、ただの潜入ではすみますまい?」


騎士達の言い分ももっともだ。次の潜入作戦は、いつもとは意味合いが違うものになる。潜入作戦というより、奇襲制圧作戦だろう。


陰謀の全体まで知っているかどうかはともかく、ベネディットの配下達は、申し開きが出来ないことを、出来ないところまで進めてしまっているという自覚がある。そうでないなら、二人が二人とも死を選ばないだろう。自死を選ぶということは、道が残っていないということ。そう思い詰めるほどには、陰謀に荷担し、知ってしまっている。


だから、重要な情報を入手するためには、大神官を生きたまま捕らえねばならない。それは軍隊には任せられない。動く側から察知され、相手は死んでしまう。敵に悟られないように動くなら、第三親衛隊の出番となる。


しかし今回の目標は人だ。ものではない。こっそり忍び込んで資料に目を通して帰ってくる、というやり方は通用しない。人は喋る。動くし逃げる。大神官の寝所に潜り込めたとしても、それで静かに全てを吐いてくれるだろうか。


大声を上げられ、敵を呼ばれ、戦闘になる。大神官を殺していいなら簡単な話だが、それが許されない以上、エリスは相手を拘束するために行動不能だ。手を離したが最後、たとえ周りの敵を沈黙させ勝利しても、やはり大神官は自決してしまうだろう。意味がない。


ならば方法は一つ。エリスが大神官を拘束すると同時に、部隊が攻勢に出て、敵をエリスに近づけさせないこと。速やかに抵抗力を奪い、鎮圧する。それしかない。


そのような作戦はこれまでなかった。戦闘力に不安があったからではない。城に忍び込むのはごくわずかな例だ。普通はそこまで警備の厚いところには入り込まない。その気になれば十分に戦える。それでも隠密行動を心がけてきたのは、安全性の観点からではなく、身分を隠す必要があったからだ。


今回もそれは変わらない。王に捕らわれているはずの魔女が動いたとなれば、王の面目は丸つぶれだ。神殿との関係も険悪なものとなる。絶対に、第三親衛隊の関与を疑わせてはならない。そのためには、実行部隊はエリス達でも、制圧したのは王国軍であることにする必要がある。


だが、それは難しい。いくつもの問題があった。


一つは王国軍の配置。第三親衛隊が制圧を完了し次第、直ちに突入できる位置に置いておかねばならないが、敵に気づかれずに、どうやって近づかせればいいのか。


二つ目はエリス一人で大神官を拘束できるのか。出来たとして、味方の到着までどうやって身を守るのか。


三つ目はエリスが大神官を捕らえたとして、それを伝える方法は?


エリスはまず、一つの神殿に狙いを定めた。王都からそれほど遠くはない。移送中ということになっている期間で、行き来が可能だろう。そして、王国軍の出動要請が得られそうだという報告もある。


神殿の周辺状況、大神官の素行や人物、連れている傭兵の人数と士気、そして神殿内部の見取り図。アルステイルならばまず真っ先に確認するだろう情報を、エリスもとりあえず取り寄せてはみた。


が、いくら参謀の真似をしてみても、そこからどうすればいいかが分からない。あぁうん、そうなんだ。なるほどなーと納得はするが、これを活かしてどう作戦を立てるべきか。地べたにいくつもの資料を並べ、うんうん唸っている姿だけを見れば、参謀の再来のようにも見えるのだが。


考えても考えても答えが出せず、二日ほどが過ぎた。マリーがあきらめて声をかける。


「エリスには無理だって。そもそも作戦目標が難しすぎるんだよ」

「無理じゃない。参謀君はこういうの得意だった」

「アルスには出来ても、エリスじゃ無理だって」

「なんでよ」

「馬鹿だからに決まってるじゃん」

「私の方が偉いんだぞ。馬鹿とかいうな」

「あーはいはい、王女様だもんねー、失礼いたしましたー」


しかしエリス自身も分かっていた。これは無理そうだと。体を倒し、仰向けになる。


「ああもうめんどくさいから、一斉に突っ込んじゃおうか」

「何言ってんの?」

「私が単独行動する前提だから難しいんだよ。全員一斉に突っ込めば、二つ目と三つ目の問題は解決するじゃん」

「突入を開始した時点で、大神官はすぐに逃げ、捕まえる前に死んでしまうのでは?」


少女二人のほほえましいやりとりを黙って見守っていた騎士が、疑問を挟む。


「それが出来ないように、大神官を射程に収めた瞬間に、みんなで行くんだよ」


エリス達がある程度固まって行動している状況で、大神官がエリスの拘束可能範囲に出てくることがあり得るのだろうか。相手はずっと神殿に引きこもっているのに。


「それも無理だと思うよ?」

「だよねぇ」


参謀ならどうするだろうか、と考えてみる。何で参謀君が裏切り者だったんだよ、という思いがわき上がることは抑えきれない。魔王も参謀も、エリスにはときどき作戦立案の指導をしていた。その点では、覚えの悪い生徒だった。


「正をもって合し、奇を以て勝つ」。エリスの教師達は、あれで意外と奇策に頼ることを嫌っていた。まず正攻法で出来るだけのことをして、ほんのわずかに奇策を混ぜて敵を出し抜く。はじめから奇策に頼るのは馬鹿のすることだと教わった。


参謀をまねて、基礎情報の収集という正攻法は取った。どうしても正門がこじ開けられないなら、裏口から忍び込むしかないんじゃないか。つまり、今度は奇策を考えてみてもいいんじゃないか。


ごろごろと、居眠りしているような姿で、エリスは考えを巡らせる。奇策、奇策。普通は思いつかないような、ちょっと手の込んだ作戦。何かあるだろうか。


暗殺大作戦はどうか。進入口から大神官までの道のりにいる相手を、一人ずつ確実に消し去っていく。そうすれば、大神官の部屋への突入を隊員全員で行える。問題はクリアされる。


あり得ない。何人いるのか知らないが、それを全員気づかれずに殺しきれるほど、エリスは凄腕の暗殺者ではない。そもそもただの傭兵や、仕方なく従っている神官も混ざっているだろう。問答無用で殺していい相手ではない。


エリスが単独行動するからいけない。これでも隊員は全員諜報部員だ。一部諜報活動の経験のない人間もいるが、そこそこ忍べる人間が揃っている。だったら、みんなで一斉に忍び込めばいいじゃないか。


考えている自分が馬鹿馬鹿しくなる。見回りの傭兵をどうやってやり過ごす? 一人なら潜めても、十人も身を隠す場所があるとは限らない。


じゃあこれだ。内応させればいい。大神官の護衛達が騒ぎ立て、抵抗する前提だからうまく行かない。それなら、買収してこちらの味方につけてしまえばいい。どうせ相手だって、軍が動いたらどうにもならないことは分かっている。大神官一人生け捕りにすれば無罪放免され、恩賞までもらえるとなれば断る理由はあるまい。


「買収しよう」


急に体を起こしたエリスは、真面目な顔でいった。


「誰を?」

「大神官が雇ってる傭兵と、周りの神官」

「どうやって?」


昼日中に堂々と乗り込んで、交渉を始めるわけにはいかないだろう。彼らにしてみれば、裏切り者には警戒しているはず。離反の気配を見せたら消される、というくらいの危機感は持っているだろう。


「真夜中に忍び込んで、内応を呼びかける手紙を置いてくる。それから様子を見て、同志を増やさせ、大神官を捕らえさせる。そこまで行かなくても、内応者が大神官の護衛の時なら時間が稼げるはず」


理屈の上では、可能な作戦だった。


「ただ、突入可能になるまでに時間がかかるかも知れない。移送先を出来るだけ近くにしてもらって、勝手に抜け出しても問題ない状態にしておいてほしい」

「承知いたしました。なんとか、ご希望に添えるように手配いたします」


エリスは牢から出され、ロンバルド伯の監視下で客人として扱われることとなった。神殿が王国に支援を求め始めたのは、独立性を主張するよりも、宰相の求める情報を提供して激突を回避したいという思いが募ってきているからだ。


それら穏健派の神殿も態度を明らかにした今ならば、エリスの待遇を改善しても、王家の威信は保たれる。帝国との平和的解決のためのカードとして使えるのだから。


行動の自由を得たエリスは、予定通りに潜入作戦を開始した。作戦目標は、人目につかないところに密書を忍ばせてくること。


神殿および、宿舎の間取りは分かっている。敵の人数もおおよそは把握できている。配置は不明だが、いつも通りに忍び込むことは可能だろう。特別な警戒態勢に入っているわけではない。まだ相手は、自分たちが目標になっていることを知らないはずだ。


宿舎の裏手。いつも通り勝手口の扉を開けて、中を窺う。一瞬だけ中を照らすが、誰もいない。そっと後ろ手で閉めると、暗闇の中を進み、廊下に出る。一瞬、きぃ、という木のきしむ音がした。古い建物だけに、人が歩く程度でも声を上げてしまうようだ。


慎重に、慎重に、ゆっくりと歩みを進め、厠を目指す。他人の目の届かないところで、秘密の手紙を読める場所といったら、厠になる。無事に発見してくれればいいが。


途中、一つの部屋の前で聞き耳を立てた。何か、物音がしたような気がしたからだ。エリスがドアに耳をつけると、話し声が聞こえてきた。もうずいぶんな夜中だが、見張り以外の者も起きているのだろうか。それとも、彼らが見張りなのか。


だが、聞き取れなかった。声は十分聞こえているはずなのに、内容が頭に入ってこない。が、すぐに気がつく。言葉が違うと。それはロムリアの言葉ではなく、神聖帝国の言葉だった。


さらに耳を澄ませる。二人の男が話し合っているのを、なんとか聞き取ろうとする。エリスは神聖帝国の言葉には慣れている。聞き取れないはずはない。生まれ故郷は、ロムリアと神聖帝国の境界、ちょうど双方に属す土地だったのだから。


男達が何かにいらだち、悪態をついているのは分かる。ベネディットという名前が出てきたのも聞き逃さなかった。しかし、どうしてこんなに聞き取りづらいのか。いくらここ数年触れていないとは言え、昔は日常的にも神聖帝国の言葉の中で生きていたはずだ。


どうにか部屋の中に入れないものか。話し声がもっと聞きやすいところにいければと思うが、思い直した。そういう問題じゃない。これは、自分が慣れ親しんだ神聖帝国語ではない。声が聞こえないから分からないのではない、方言がきつすぎて、自分の知らない言葉遣いをしているのだと。


そして思い出す。そもそも、正式には神聖帝国語とは呼ばない。あれはガーラ語だ。ガーラ教国で使われる言葉であり、その一地方で使われていたのが神聖帝国の言葉。むしろ、エリスが知っているのがガーラ語の方言だ。ということは、中の男達は神聖帝国よりもずっと西にある、ガーラから来たのか?


ガーラ語を使うからガーラ人とは言い切れないが、そうでないならなぜロムリア語で話さない。話の内容は、ただの愚痴のようにしか思えない。味方にも隠しておきたいような内容ではないはずだが。


分かるような分からないような、曖昧な会話に神経を集中させながら、エリスは背筋が震え出すのを感じた。自分たちはもしかすると、ものすごい勘違いをしてきたのではないか。知っている情報だけをつなぎ合わせ、腑に落ちる結論に満足して、勝手に事を小さくしてしまったのではないか。


アルフレッドに与したランカプールと、ベネディットの間で金銭のやりとりがあった。それはつまりアルフレッドとヴィルヘルムの間の協定でもある。そう考えれば、一連の出来事に説明がつく。そう納得した。だがもし、ベネディットにお金を出したのがランカプールではなかったら? たとえば、ガーラ教国の工作員がベネディットを買収し、ロムリアに対してなにか陰謀を企てていたとしたら?


ガーラは西の大国だ。ロムリアにも引けを取らない。その国が、国家規模の陰謀を巡らしているのなら、ランカプールなど比較にならないほどの金を動かせるだろう。今になって思えば、イルルス王国の半分の神殿を買収できるほど、ランカプールに余裕があっただろうか。あちらだって、近隣領主の買収や、軍備の増強が必要なはず。


結局何の役にも立たなかった神殿の買収工作に、それほど多額の資金を消費したとは思えない。判断の甘さが自覚され、涙目になってくる。


エリスはしばし固まったまま悩んだが、引き返すことにした。作戦を中止し、一切の痕跡を残さずに離脱する。大神官も重要な情報源だが、もっと重要な相手が見つかった。捕縛対象はこっちだ。彼らが何者かは分からないが、確認する必要性を感じた。


「どうだった」


部隊の配置場所に帰還したエリスに、ルキウスが声をかける。


「作戦中止」

「失敗したのか?」

「そうじゃないけど、詳しい説明は後。速やかに離脱する」


館に戻ったエリスは、ロンバルド伯に協力を求めた。王の右腕が高潔で、頼りになる人物であることは確認済みだった。


今度はエリスの作戦が当たった。アルステイルが立案したかのように、敵の行動予測を的中させ、二人の男を捕らえることに成功した。


ロンバルド伯を通じ、予定通り神殿からの介入要請を取り付ける。そしてこれまで通りに王国軍を派兵する。案の定、あのガーラ人達は神殿を逃れ、二人だけで離脱を図った。これまでガーラ人の話は出ていない。一人でも混ざっていれば話題にもなるだろう。ということは、ガーラ人達は神殿が戦場になる前に離れたと見るべきだ。当然今回も、同じように動くはず。


エリスが危惧したとおり、ベネディットの背後にいるのがガーラなら、各地の大神官に投降を許さないのも、死より恐ろしい処罰で脅しているのも、彼らのはずだ。どこの神殿にもガーラ人が潜り込み、最後まで抵抗するように仕向けているはず。エリスが忍び込んだあの神殿にだけ、偶然ガーラ人がいたと考えるのは不自然だからだ。


連行されてきたガーラ人は、エリスの見慣れた人種だった。黒い髪と、浅黒い肌。日焼けよりも褐色の肌色は、神聖帝国の主流民族の特徴だ。


男達は最初、片言のロムリア語で「ワレワレハ シンセイテイコクノ タビビトダ」と主張したが、「じゃあ、神聖帝国の言葉で話してごらんよ」と流暢りゅうちょうな神聖帝国語で言われて黙り込んだ。


「ロムリア語が苦手ってわけはないでしょ? ちゃんと話せるよね?」


首を振る男達を、エリスがいつもの笑顔で送り出す。


「大丈夫。すぐに話したくなるから。連れて行きなさい」


隊員が二人を羽交い締めにし、引きずっていく。


「我々が誰だか分かっているのだろう! 手を出せば外交問題になるぞ!」

「自分がしてきたことの方が、外交問題になるんじゃないの?」

「神の国に背けば、地獄へ落ちるぞ! おまえ達の国ごとな!」


手をひらひらさせて、最後に一声かける。


「片方なら死なせてもかまわないから。全部吐かせろ」


「任せとけよ姉御。そういうのは得意なんだ」、久しぶりに鬱憤晴らしが出来ると、ノウキン達は楽しそうに拷問室へ向かった。

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