4-2 「あのクソオヤジ、とか思いましたが、別にいいです」

急遽呼び出しを受けたエリスには、イルルスへの出向が命じられた。名目はイルルス王への謝罪と弁明。息子を失った王の怒りを収め、さらなる内乱の発生を抑止し、関係の改善をすること。


それが表向きの理由だった。だが、詳しい事情を説明されていないエリスでも、本当の目的がそうではないことは感じ取れた。


本部の移動が命じられたからだ。


帰還した隊員に事情を説明するための事務員だけを残し、残りの手勢全てを率いて山道を進んでいる。謝罪の使者に立つのに、どうしてこれほどの人員が必要になるだろうか。そもそも、エリスに外交官を任せることからしておかしい。


「それ、私あっちで処刑されるんじゃないの?」


イルルス王は相当な怒り様だと聞いたが、魔王の判断は違うようだった。いくら代わりがいるとは言え、神聖帝国との婚姻予定があるエリスを、こんなところで死なせはしないだろう。


「イルルスの王は無能ではない。そのような阿呆なら、とうに儂がすげ替えておる」


とにかく行けば分かる。すぐに部隊を動かす必要が出てくるから、本部を丸ごと移動させろと指示を受けた。


今のエリスは平服ではなく、貴族の中でも上位であることを示す格式張った服装をしていた。急激に険悪な関係となったイルルスに入るにあたって、公式の外交官であることを示す必要があったからだ。


イルルスの第三王子が暗殺されたことは、瞬く間に広まった。その充満速度からいって、意図的に拡散したものと思われる。理由は明白。神殿勢力と魔王の関係を悪化させるため。


アルベルトの外交努力のおかげで、徐々にではあるが各地の神殿が和解に応じ始めた。私塾を開く権利を譲渡することまではしなかったが、これまで通り神殿で民間教育を行うことを認めた。既得権の維持を正式に約束した。


神殿の権力に手をつける意思がないのであればと、魔王との対決を避ける空気が広まっていたが、王子暗殺によって再び態度が一変する。


神殿と関係の深いイルルス王国に対して実力行使に出るとなれば、神殿は世俗権力の後援者を失う可能性がある。戦力を持たない神官達にとって、イルルス王国はこの上ない用心棒であった。


イルルス側としても、裕福ではない経済状況では、神殿の協力は不可欠である。神殿が帝国と反目するのなら、イルルスもまた帝国とにらみ合わなければならない。こうして誰も得をしない、ベネディットの思惑通りの情勢となった。


しかしベネディットの不幸と誤算は、イルルス王が聡明であったことだった。半ばやけくその、とにかくやれることは何でもやってやるという感じの計画は、失敗に終わる。


「宰相アルベルトの命により、第三親衛隊、隊長エリス、まかり越しましてございます」


部下達とは引き離され、ただ一人で玉座に跪いたエリスに、多くの視線が注がれる。貧しいながらも、貧しいからこそなのかもしれないが、宮殿は豪奢で、貴族達もきらびやかだった。そうであることが、特別性を主張することになる文化だからだ。


「なるほど。魔王殿は、卿を差し出したか。結構。覚悟は出来ていような?」

「はい。これでも魔女でございますれば」


王の傍らには、重臣だけでなく、神官の姿も見える。


「余はこやつに問い詰めたいことがある。おのおの方は下がられよ」


王は家臣達に退席を促した。神官達は見届けを希望したが、一睨みで退散させる。一同が去って静寂が訪れ、室内には王とエリス、二人の騎士だけが残された。


「ふぅ。失礼つかまつった。お気を悪くなされんでくれ」


六十を過ぎたくらいの王。アルベルトよりもだいぶ老けて見える。


「いえ。何だよやっぱり殺されるんじゃないかよ、あのクソオヤジ、とか思いましたが、別にいいです」

「クソオヤジ・・・魔王か! 魔王をクソオヤジと呼ぶか! これはおもしろい!」


王は大笑いし、騎士に手を振り、自分の後ろに下げさせる。


「魔女殿の噂はかねがね聞いておる。息子からも、怖いけど怖くないと便りが来ておった」


気安く話しかけてくる少年のことを思い出す。くそガキが、としか思っていなかったが、死んでしまうとなると申し訳ない気もする。


「卿は手勢を連れて参ったそうだな?」

「はい。連れて行けといわれましたので」

「では、力を貸してもらえると受け取ってよろしいな?」

「どういうことなのか説明してもらえれば。ぶっちゃけ私馬鹿だから、何の話してるか分かんないんだけど」


だんだん、堅苦しいしゃべり方をするのに疲れてきた。


「この時勢で、魔王殿が息子を殺したなどとは、少しでも頭が回るものなら思いはせんよ。確かに我が王家は、神殿と帝国の関係には中立を保った。ベネディットの追跡のために帝国軍が出動することには、了解を与えておらぬ。が、妨害したわけでもない。それを押し破るために息子を殺し、我々と事を構えて戦争に突入、そうして軍を派遣する名分を得ようなどと、考えすぎにもほどがある」


かも知れないかも知れないで恐れおののき、魔王を警戒して、勝手に悪魔にうなされている神官達とは違う人物だった。


「ベネディットとやらは、どうしても魔王殿の介入を遠ざけたいようだ。やつが仇であることは間違いないのだろう?」

「私たちはそう思ってるけど」

「では、調査を進めてもらいたい」

「いいの?」

「あまりよくないな」

「どっちなの」


確かにこのおじいさんも切れ者なのかも知れない、とはエリスも思う。だが同時に、何で頭のいい奴らはみんなこう裏があるのか。悪巧みしてないと死んじゃう人種、早く絶滅しないかな、と思ったりする。


「幽閉させてもらうが、よろしいか」

「まず、事情を説明して」

「魔王殿が息子殺しの下手人であると信じる者は多い。イルルス征服のための開戦事由を欲したのだと。人質を殺すという不義を働いた相手の使者ならば、殺してしまってもかまうまいという声も大きい。このまま帰したのでは王家が家臣や神殿に侮られる。そこでだ、余は卿を幽閉する。そこを拠点として密偵を指揮してもらいたい」


つまり、王が仇を閉じ込めるという名目で保護し、新本部も提供するというわけだ。


「そういうことなら、かまわないけど」

「ありがたい。第三親衛隊を名乗って捜査をすることはできんだろうからな、卿の配下達も一度接収し、ロンバルド伯預かりの身になってもらうが、かまわぬか」

「そうするとどうなるの?」

「我が腹心であるロンバルド伯の名前で捜査に当たれる」


帝国の人間として神殿に近づいても追い返されるが、イルルスの有力者の名前を出せば相手してもらえる。なるほど、とエリスは頷いた。


「あぁでもね、イルルスの王様」


相手が違えば、呼びかけだけでも死罪になりかねない口調のまま、話を進める。


「その腹心の伯爵も、私たちは捜査するけど、それでもいい?」

「ロンバルド伯は余の右腕だぞ?」

「つい最近、うちのおーさまの王子が謀反起こしたの忘れたの?」


王はしかめっ面で考え込んだ。一理ある。だが、腹心の面子というものもある。が、あきらめた。


「分かった。ロンバルド伯にも、被疑者の一人として調べられることを伝えておく。かまわんな?」

「いいよ。言われなくたってそのくらい警戒するだろうし、その程度思いつかないようなお馬鹿を腹心になんかしないでしょ?」


王は大きく頷き、笑顔を見せた。


「無論だ。ただし一つ約束してほしい。あり得ない話ではあるが、ロンバルド伯に何か疑惑があるときは知らせてくれ。勝手に処分を下さぬ事」

「約束する」


交渉はまとまった。


「時に魔女殿。あやつは・・・儂の息子は、どうだった。元気でやっていたか」


王としての仕事を終え、父としてたわいもない話を聞きたがった。


「元気だったよ。私にまとわりついて、ウザすぎ。人を無礼者だの、こんなのが女神な分けないよなとか、耳聞こえないのかーとか」


ありのままの姿を話した。それが、聞きたいことだと思ったから。


何度も頷き、王は最後に二人の騎士を紹介した。好きなだけ疑え、天地がひっくり返っても裏切らぬ男達だと。これからはエリスの護衛を務めることになる。

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