3-4 「そんなに待てないんだけど」

ヴィルヘルムの反応は、あからさまに怪しかった。事情聴取のために面会を申し込む使者を送ると、急用があって今は無理だと返ってきた。エリス達が第三親衛隊の捜査権を行使して館に押しかけると、すでに第二王子はイルルスに逃げていた。


名目は、イルルスの反抗的な神殿に対する視察だった。解任されたことを不服とする神殿のいくつかが、大神官の地位を争っているのは事実だ。だがそれが口実に過ぎないことくらいは、エリスでも見抜ける。


「じゃあ、勝手に家捜しさせてもらうけど、いい?」

「それは困ります。殿下に叱られてしまいますので」


エリスを門前払いしようとしているのは、王子の留守を預かる神官達だ。


「殿下がお戻りになってから、またおいでください」

「いつ戻るの?」

「二、三ヶ月のうちにはと聞かされております」

「そんなに待てないんだけど」

「そうは言われましても。継承権を剥奪されたとは言え、宰相閣下のご子息ですよ。その住居に無断で押し入るおつもりですか」


エリスはため息をついて見せた。参謀は第二王子が姿をくらます可能性も考えていた。もしこのように突っぱねられたならば、そのときは弱気を見せ、あえて立ち去るのがよいと献策されていた。


そうまで言うからには、留守番連中も蚊帳の外ではないはずだと。どんな陰謀があったにせよ、それを知っているはず。ベネディットとヴィルヘルムの二人だけの計画でないならば、組織的な証拠の隠滅も行われ、館に入り込んだところでたいした収穫もない。


入られても痛くないならなぜ素直に入れてしまわないのかとエリスが問うと、それ以上の協力を拒絶するためだと説明された。最初に不快感を見せ、それでもどうしてもと言われれば館の捜査は許可するが、そこで何も情報が出てこなかったとき、すぐに追い返すため。第三親衛隊に対する非協力の名分を得るための方便だと。


「じゃあ、私たちはこの都市の神殿をまわってみるから、あなたたちの方から紹介状を書いてくれない? 知っている限りの情報を、私たちに提供するようにって」


だからここで素直に引き下がることで、相手は協力せざるを得なくなる。この自然な要求すらも拒絶するとなれば、彼らの政治的立場は危機に陥るだろう。むしろ、彼らにとって困るのはこっちの方だった。だからこそ、そういう協力を断るために、わざと挑発して強制捜査に踏み切らせようとしたわけだが、不発に終わった。


「分かりました。書状をしたためて参ります」


嫌な顔一つ見せず、神官達のリーダーとおぼしき男が引き上げた。門を塞いでいるほかの神官達が、どこまで計画に関わっているのかは分からない。白い布生地を体に巻き付けた彼らは無表情で、敵意も好意も見せていない。


しばらく待つと、先ほどの神官が蝋で封をした手紙を持ってきた。エリスは受け取ると、すぐに蝋をはじいて中身を確認する。これは何度も使う手紙だ。封をされている必要はない。


文面に小細工がされていないことを確認した。どこかの表現が暗号になっている可能性までは否定できないが、文章自体は全面協力を要請できるものになっている。不都合はないはずだ。


「どうもありがとう。ではまた後日、ヴィルヘルム殿下がお戻りの際にお会いしましょう」

「お待ちしております」


もちろん、お互いに皮肉だ。目の前で文面を確認するということは、信用していないという意思表示だ。エリスは背を向け、来た道を戻り始めた。後ろに続く隊員達も神官をにらみつけ、威嚇してから立ち去った。


「さて、確認しておくけど」


兵士でもなく、二十人近くがまとまって歩くのは目立つ。護衛付きの行商ならば分かるが、商品を持ち歩いている様子もない。何の集団かと通りすがりの視線を集めていた。


「今のところ、参謀君の想定した最悪の展開になってる。ただ一つ、最悪の展開だということが分かりやすいことを除いて」

「それで?」

「情報収集の効率を考えれば手分けした方がいいけど、紹介状が一通しかないのと、いつ襲撃を受けるか分からないので、一つ一つ回ることにする」

「襲撃なんかしてくるかあ?」

「これだけいれば来ないでしょ。この二十人を破って私を殺すには百人は必要だもの。でも四、五人ずつに分散してたら、さすがに支えきれるか分からない。周辺への警戒を怠らないように」

「了解」


エリスは手近な商売を司る神殿に足を運んだ。王子の屋敷からもそれほど遠くない、市街地にある神殿だけに、共謀している可能性は高い。周辺の警戒に半数を残し、神殿内部での戦いにも備えてもう半分を手元に残した。


悪名高きキ印部隊が手勢を引き連れて調査に乗り込んできたということで、神官達も何事かと慌てている。大神官は平身低頭し、魔女と魔王の機嫌を損ねないようにできる限りの助力を惜しまなかった。


エリス達を疎む態度すら見せず、襲撃の準備など何一つ窺えない。全く無防備の状態で、寝耳に水、という様子だった。これが芝居なのか、ありのままの姿なのか、そこまでは見抜けない。


宗教勢力の中心地とも言える都市の大神官だけに、様々な情報に精通していた。すでに第三親衛隊が調査済みの事柄は当然として、ベネディットやヴィルヘルムの結びつきなどにも詳しい。噂や伝聞という形であり、正確性は保証されないが、多くの情報が提供される。


ベネディットの生まれはイルルス王国の伯爵家であり、三男だったために神殿に預けられた。特に目立った業績があったわけではないが、数年前から頭角を現し、イルルス地方の人事に口を挟むようになった。いつしか第二王子の側近となり、住まいはこの都市の郊外にある豊穣の神殿に置いていた。


ベネディットが現れてからイルルスの人事が急激に変化したが、それ以外の地方はあまり触られていない。ベネディットの派閥は大きなものとなり、ほかの派閥と争うことはあったが、どこにでもある新勢力と旧勢力のいがみ合い以上のものではなかった。ベネディットを嫌う勢力は東側に多かったが、どちらにつくかを二分するほど混乱したわけでもない。


「ふーん。じゃあ、イルルスでの動きが目立つ以外は、どこにでもいる成り上がり者、という感じ?」

「左様でございます。我々に対しても、また、その他の神殿に対しましても、無理難題を押しつけるわけでもなく、干渉するわけでもなく、味方が多かったわけではございませんが、敵が多かったとも感じておりません」

「普通の成り上がり者よりは、落ち着いた行動を心がけてる感じかな」

「そうかもしれません」


そういう相手の方が敵としては手強いと聞かされている。調子に乗ってやり過ぎてしまう馬鹿よりも、手探りで場を固めていく慎重な人間の方が隙が小さい。


「ベネディットが最初に大きな動きを見せたのっていつ頃? 内容は?」


真っ白なあご髭をさすりながら、大神官はうなった。


「そうですなぁ・・・何年前でしたかなぁ」

「あのときではないでしょうか。イルルスのネイポリ神殿の大神官人事の時に、アレクサンデル殿を推薦して、混乱を収拾したことがあったはずです」


若いお付きの神官が口を挟むと、大神官は大きく頷いた。


「ああ、そうそう、そんなことがありました。ではそれより一、二年ほどさかのぼり、フェリーニャで起きた火事のあと、山の神の怒りを静めるために建てる祠の費用と人員を工面したのが、ベネディット殿の名を聞いた最初ということになりそうです」

「ベネディットはお金持ちだったの?」

「伯爵家の生まれとは聞いておりますが、そこまでの資産があるかどうかまでは存じません。ただ、費用の大部分を提供し、そのことでベネディット殿の名が知られるようになり、ネイポリ神殿の大神官を誰にするかで揉めたときにも、ベネディット殿が推すならばということで民衆の支持もあり、アレクサンデル殿で落ち着いたという流れだったはず」

「それがいつのことか、もっと正確に分からない?」


エリスが情報の精度を求めると、大神官は机の上をあさり、紙束を引きずり出した。何枚かをめくり、顔を近づけて読み取る。


「記録によれば、火事があったのが六年前の八月二十一日で、祠のために寄進されたのが三日後の二十四日となっております。ネイポリ神殿の大神官が亡くなったのが四年前の一月十日。アレクサンデル殿が任命されたのが翌月の二十三日となっていますな」

「貴重な情報をありがとう」

「時に、なにかベネディット殿にやましいことがございましたか?」


おそるおそるという感じで、大神官が尋ねた。


「急にイルルスに戻られたとは聞きましたが、サン・・・第三親衛隊に目を付けられているとは」

「アルフレッド王子のことがあったでしょ。アルベルト閣下も神経質になってるの」

「というと、イルルスでの急な人事異動が怪しまれたと?」

「そうそう。それについて何かしらない?」

「ベネディット殿の拠点がイルルスでしたから、イルルスの神殿の半分近くはベネディット殿を支持していたはず。それを次々と大神官の入れ替えをしたことは、我々の方でも噂になっております」

「イルルスでの神殿勢力の状況は?」

「戦々恐々、といったところではないでしょうか。いつ大規模な争いに発展しても不思議はございませんので」


「ご協力に感謝します」エリスは隊員達を促し、立ち去るそぶりを見せた。


「いえいえ。殿下のご紹介とあれば、出来るだけの協力をさせて頂きます」


エリスは振り返り、もう一つだけ質問を続けた。


「そうだ。そのヴィルヘルム殿下なんだけど、今どこにいるか知らない?」

「はて? お屋敷にいらっしゃるのでは? 先ほどの紹介状はどこで?」

「イルルスの混乱収拾のために視察に出かけたって言われてね、神官の人に書いてもらったんだけど」

「イルルスの視察ですか。とすれば、王都バラディスあたりではありますまいか」

「どうして?」

「殿下は慎重なお方です。揉めている神殿に直接乗り込むような真似はなさいますまい。バラディスの神殿に逗留しながら、指揮を取っているのではと思いますが」


なるほどとエリスは頷き、改めて感謝を述べて神殿を後にした。


「どうかな。すごく素直に何でも教えてくれたけど、それが逆に気になっちゃうのは毒されすぎかな」

「今のおじいさんは、悪いこと考えてる感じはしなかったけどな」

「自然すぎるのが不自然だって? 姉御も参謀みたいな事言うようになったかー」


外に残しておいた隊員達に確認するが、怪しい動きはなかったらしい。今のところ、力尽くでどうこうする様子はない。


情報の再確認と裏付けを兼ねて、ほかの神殿も当たってみる。ベネディットが寄宿していた神殿を除けば、目新しい情報はない。その代わり、情報の矛盾も見当たらなかった。すでに口裏を合わせているとも考えにくく、信じてもよさそうだ。


ただ一つ、ベネディットが数年寝泊まりしていた神殿では、様子がおかしかった。捜査の手が入ることがあらかじめ分かっていたかのような、形式的な応対で終始した。質問には全てはっきりと回答し、戸惑うこともなく、まるで文書を読み上げるようだった。


その態度から窺えたのは、ベネディットを厄介者と感じているらしいこと。ヴィルヘルムと親密だった時代はその権力のお裾分けを受けていただろうに、遠ざけられたとたん手のひらを返したような、そんな口ぶりだった。王子とベネディットの間の反目については知っており、そのとばっちりを受けないことに必死のようだった。


だが、具体的に何をどう揉めたのかについては、全く知らないらしい。ほかの神殿で得られた以上には、ベネディットの人柄についても、実績についても新しい情報はなかった。


夜になり、宿に引き上げたエリス達は、見張りを交代で立てることにした。一人を使者に立て、参謀の助言を仰がせる。エリスとしてはこのままバラディスに向かい、第二王子と直接面会したいところだったが、長期不在になってしまうかもしれない。配下だけを向かわせたほうがいいかどうか、そもそも、この後どう動くべきかなどを問い合わせた。


数日後、参謀からの返事が届いた。


第二王子の身辺調査にはエリスの権限が必要になるため、隊長自ら向かうべきだと進言された。また、身の危険を感じて逃亡したのだとすれば、追い詰めれば噛みついてくる危険があることに、十分注意するよう念を押してある。


熟練した密偵の方が必要になりそうと、人員も送られてきた。ベルナルドなど、無法者上がりの隊員達には帰還を命じる。参謀の読みでは、バラディスに行っても王子はすぐには見つからないらしい。探索慣れしている人材が必要と判断したようだ。


すぐに出立の準備を整え、二台の馬車は一路イルルス王国の中心地、バラディスに向かった。

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