エリスの絵日記

ウィア

第一章 アルベルトの死

1-1 「質問するのは私。あんたは答えるだけでいいの」

革鎧を身につけた男が、背後を気にしながら足早に郊外を目指していた。食料と水、薬草を詰めた袋を背負い、懐にはなけなしの宝石を忍ばせている。早朝、日も昇りきらないうちからハイキングに出かける、という様子ではない。


この地方最大の都市の町並みをすり抜け、最後の角を曲がった。あとは草原の先にある林に紛れてしまえば一息つけるだろう。追っ手の姿がないことを確認し、屋根の上まで警戒しながら走り出す。真冬ではないが、温まった体からは白い息が漏れ出して見える。鍛えられた体を太い幹に寄りかからせ、荷物を地面に下ろした。


ここまで来れば一安心と呼吸を整えていると、すぐ側の木陰から影が一つ進み出た。


「ハーイ、警備隊長さん。第三親衛隊です」


影の背は低かったが、声色は高かった。慌てて男が振り向くと、フード付きのマントの隙間から小さく手を振って見せた。


「ゲエエエ! サンキチ!? どうしてサンキチが!」


下ろしたばかりの荷物を掴み上げ、警備隊長は影に背を向けて逃げだそうとした。が、さらに二つ、男を取り囲むようにマント姿が現れた。足を止め、追い詰められるように後ずさりした男に、最初の若い声が呼びかける。


「用件は・・・おわかりですよネ?」


独特の、小馬鹿にしたような愛らしい声だったが、相手を安心させる効果はなかったらしい。男は荷物を落として両手を振った。誤解、誤解なんだ、話を聞いてくれ、とでも言うように。


「待て、待ってくれっ。違う、俺は何も知らない、ただ、やれと言われたことをしただけなんだ」


小さな影はフードをゆらしてうなずいた。


「私たちはその、やれと言われた内容と、理由と、誰に言われたのかを知りたいわけ」

「そ、それが言えない相手だって事くらいあんたらだって分かってるだろう」

「もちろん、そうだろうなーっていうことくらい予想はついてるけど、それを確認するのが私たちの仕事なの」


男はせめてもと、町からの視線を切れるように木陰に入る。そっと様子をうかがい、まだ追っ手が迫っていないことを確認した。


「わ、分かった。知ってることを全部話す。だから、まずはここから連れ出してくれ」

「そろそろあんたが家から抜け出したって事もばれちゃってそうだしね。ここを突き止められるのに、どのくらいかかるかな」

「だから、匿ってくれれば全部話すから、まずは違う所へ行こう。ここはまずい」

「で? 知ってる事っていうのは?」

「だから、まず、場所を」

「あーあ、どうせ私たちはあんたの口を割らせるなんてすぐ出来るんだけどなぁ。しゃべったのはいいけど、結局追いつかれて消されちゃうのかー、かわいそうだなー」


男が惨殺される未来を思い浮かべても、何の感慨もないかのように首を振った。しかし実情としては、影達にも時間的な余裕はない。出来るだけ早くこの場を立ち去りたい気持ちは、警備隊長と一緒だった。重要な情報源なら捕縛するが、そうでないならここで始末する必要がある。どのみち男には、死罪相当の嫌疑がかけられているのだから。


小さな影がフードを下ろした。軽く首を振って、目にかかる前髪を払いのける。陽が低く、木々の影になっていても分かる明るい金髪と、幼い顔立ち。十代半ばの少女だった。およそ、壮年の戦士を威圧できるような風貌ではないはずだが、効果は覿面てきめんだった。


「あんた・・・まさか魔女か・・・?」


少女は口元を緩ませ、にこやかに笑いかけた。


「質問するのは私。あんたは答えるだけでいいの」


ちょっとだけ小首をかしげて見せた。


「分かる?」


男は何度もうなずき、早口に説明した。その中で、この地方の有力貴族の名前が出てきた所で、尋問を打ち切り連行することにした。両手を縛り、隠してあった馬車に乗せると、都への道を上っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る