第19話 迷宮
おかしい。いやこれは本当におかしい。
木の実を食べてからの記憶がない。
どれだけ頭を捻っても、全く思い出せなくてもどかしい。
二人に聞こうにも、二人とも目を泳がせて「……何もなかった」と押し黙るだけ。
それもいつになく神妙なのだからより気になる。
というか、何があった?
この反応が寧ろ怖い事を、二人はご存知なのだろうか?
妙に足早に先を急ぐ二人の後ろを歩く。
「なぁ、二人とも。なんでそんなに急ぐんだ?」
「……なっ、何を言っているのですかルクシオ様。もう日が落ち始めています。このままでは流石に危険ですから、早く脱出しないと」
「そっ、そうよルクシオ。魔獣が夜になると活発になる事はルクシオも知ってるでしょう?だから、早く脱出しないと」
ふ〜む。
怪しすぎる。
心なしか頬が引きつって見えるし、二人とも汗が凄い。
今はもう夕暮れ時だし、今日はそこまで暑くはない筈。
俺は、立ち止まった。
後ろをついてきていない事に気付いたフィアナとルミナは振り返り、「どうかしたの?」と聞いてくる。
俺は、今までにない程に、真剣に問いただす事にした。
「嘘はここからはご法度だ。二人とも、俺のこの質問に真実のみを言って欲しい。
……俺に何があった?」
二人はそれぞれの顔を見合わせて、困惑の様子を見せた。
訪れる静寂は、俺の心をよりそぞろにさせた。
そして……。
「世の中……知らない方がいい事もあります」
「……そうですか」
マジで何があったんだ!?
それからの会話は、互いが互いを意識しあってなのか、気遣ってなのか、「どうしたら脱出できるの?」「分からない」という恋褪せた熟年夫婦さながらの寂しいものだった。
あまりの気まずさに声が強張り、余計に増すこの暗い空気はやはり苦手だよね。
まるで、クラスカーストの低いド陰キャが、クラスのマドンナ的存在の人に勇気を振り絞ってなんの脈絡もなしに突然、「今日の天気は晴れで晴れやかだね」という、自分如きがどう話しかければいいのか、ここで面白いこと言えばイケるのではっ!?、という安易な考えで、でも度胸がないから結局、とても面白くない言葉になってしまい、クラス中が沈黙するぐらいの空気だ。
決してそんな事があった訳ではない。
ただ、ミリアに「今日も良い天気だね」と陳腐な挨拶をしたら無視されて、ミリア本人は俺の存在も歯牙にも掛ずに教室を出て行ったぐらいだ。
今思えば……あの時から既に嫌われていたのかもしれない。
というか、もっと最悪なのが。
その空気をなんとかしようと「元気出せよルクシオ」「まだ舞える」とクラスメイト達が励ましの言葉を掛けてくる事だ。
あれ本当に惨めな気持ちになる。
自室に戻って布団を頭から被って「ファぁぁぁぁぁぁああッーー!」て発狂するぐらいきつい。
まずい。
発狂しそうだ。
邪念を振り払うように頭を振り回した。
その時。
「見てくださいルクシオ様!」
「とんでもないのを見つけたわっ!」
二人の少女のはしゃぐ声が聞こえて、俺は重い足を出来るだけ早く動かして向かった。
「見て!見てよルクシオ!これ!」
「間違いなく、【迷宮】ですっ!」
「マジか」
【迷宮】
未知の世界。
神の創造物。
夢と希望と名誉に塗られた世界。
世界中の至る所に点在する迷宮は、人々が文明を築く過程で、大いに繁栄を与えた恩恵だ。
迷宮には、地上では手に入らない様々な利器が手に入る。
鉱物だったり、食材だったり。
又は金銀財宝、宝の山々など。
それはもう数えられない程の富と名誉が生まれる場所。
世界中の俗物達が、富と名誉と栄光を求めて、命はって戦う【迷宮】は、数々の英雄譚や伝承に語られている。
「凄いわっ!こんな所に迷宮があるなんて知らなかったわ!」
「大発見ですよこれは!下手したら私達の里をより発展させる事ができますよ!」
二人ともハイタッチしてその場にぴょんぴょんと跳ねて歓喜する。
二人が美少女なだけに、闇深くなったリアス大森林が明滅しているように見えた。
「あれ……ルクシオ?どうしたのよ、もっと喜びなさい!迷宮なのよ迷宮!」
「そうですよ!迷宮を前にして喜ばない人は人じゃありません!さぁ、早くルクシオ様も人になりましょう!」
何やら二人が物凄い剣幕で迫ってくるが、俺の耳には何一つ聞こえなかった。
だって。
「おっ、おっ、おっ……。迷宮キタァァァァァァァッーー!」
「「ッ!?」」
「マジかよ迷宮!ああ神よありがとう!今までろくに神なんて信仰してこなかったけど、俺今初めて神の存在を信じたよ!ありがとう!今度人里に行ったら絶対教会に行くよ!」
俺は、自我を忘れる程に歓喜していたのだ。
英雄、勇者、という存在の半数以上が迷宮で誕生している!
つまりは世界中のロマンスの生みの親!
歓喜せずにはいられまい!
「ルミナ、まさかまた【クレイジーノ】を食べたのかしら」
「また……あれを見させられるの?」
「「……。はぁ〜」」
「私、何か大切なものを失ってる気がするわ」
「私もですよ」
それから俺は発狂し続けた。
そして、俺のけたたましい発狂で、里の人達が救援に駆けつけて、俺達は無事に、里への帰還を果たした。
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