第55話

 そのとき、突然くにちゃんが弓削に顔を近付け、

「じつは、黙ってたんだけど、あのときの話、全部小耳に挟んじゃったの」

と小声で囁いた。

「あのときの話って?」

「ほら、宝くじよ、宝くじ。ふたりが話してるのを聞いて、数字を控えたのよ。そして次の日さっそく買いに走ったわ。そしたら見事に当たったじゃない。もう嬉しくなっちゃって……」

「……ということは、いまから二週間以上も前のことになる」

「そう、あの頃は店にまったくお客が寄りつかなくて困ってた、売上はないし……。世の中うまいこと行かないものだわ、と諦めかけたとき、弓削さんが先生と顔出してくれるようになって、ほんと福の神と思ったくらいよ。感謝してます」

 くにちゃんはそういうと、店からのサービスだといってビール瓶を一本カウンターの上に置いた。

ほどよい時間にくにちゃんの店を出ると、四月の末といいながらも冷たい夜気が無遠慮に頬を撫でていった。弓削はそれがただの時季がもたらす自然のものとは思えなかった。

 駅に向かって歩きかけたとき、なぜかあの裏通りが気になって勝手にそっちの方向に足を向けてしまった。

 時計屋の前まで来て、弓削は一瞬立ち停まった。路面に目をやると、占い師が出していた店の辺りに一本の煙草の吸い殻が圧し潰されて落ちていた。それがあの占い師のものとは違うことがわかっているのだが、どうしても場所が場所だけに彼女を彷彿とさせるものがあった。  

 呆然とその場に佇んでいたとき、先ほどのくにちゃんとの会話を思い出した。その瞬間、得体の知れない怖気が全身を包み込んだ。今度は自分が山里と同じ目に遭う番だ。余計なことを聞かなければよかった、とつくづく後悔をした。

どうしたらいいのだろう――ただ、占い師が遠いところにいるので、この話しが届いてないことを願うしかなかった。

 それを振り払うように大きなため息を吐くと、ふたたび駅に向かって歩きはじめた。顔に水滴があたった。どうやら雨が落ちてきたようだ。

 急ぎ足になって露地を脱け出て大きな通りまで出た。まだ交通量は衰えていなかった。いくつもの赤いテールランプが闇に浮かんでいた。幻想的に見えるほど鮮やかだった。 

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