第50話

 しかし弓削は、頭にあるモヤモヤが一瞬にして消え去ったような気分になった。それと同時に占い師の気持が嬉しかった。その澱みのない気持に応えるようにもう一度献身しようと占い師の股間に手を伸ばそうとしたとき、

「もういいよ、そんなに無理しなくたって。あんたにはその趣味がないんだから。

……昔の話になるけれど、若い頃、あたしは仕事上女のほうが都合よかった。三十半ばを過ぎてこの仕事に就いたんだけど、こういう商売はどちらかというと男よりも女の方が受けがいい。だって、客のほとんどが女なんだから……。あるときそれに気づいて女装をはじめるようになったの。最初の頃は女装をすると気恥ずかしくて自分自身が見当たらなくなったわ。それからしばらくするとその変わり身が段々快感に変わっていって、とうとうその道に入り込んでしまった。当初はいまのあんたと同じでなかなか踏ん切りがつかなかった。でも、あたしがこの先女をつづけようとするにはそれを乗り越えなければならないと思ったの。そんなのおかしいと思うでしょ? でも人間ってそれほど物事簡単に考えて生きちゃいないよね。そういった話を他人に話すと、決まって、何もそこまでしなくても、っていうのよ。でもそんなのみんな結果論でしかないじゃないか。

 でも段々その世界に慣れてくると、二種類の自分が見られるようになって愉しくなったのと同時に、逃げ場所が見つかってとても気が楽に持てるようになった。それからは中毒みたいになって、とうとう本当の女になりたいという願望に駆られてホルモン注射で胸を大きくしたまではよかったんだけど、いざ下を切り離すとなるとなかなか踏ん切りがつかなくて、とうとうここまできてしまったのよ。結局は中途半端な人間なのよね――」

と、占い師は泪声になりながら喋ったあと、大きくため息を吐いた。

「そんな経緯があったんですか」

 弓削は神妙な顔付きで相槌を打ったものの、思考の秩序が保たれてない。きょう占い師に会って話したかったのはこんな自分の欲望を満たす話ではなく、山里のことが気になって、どうしてもそのことが聞きたかった。しかし、占い師の術中に陥ちてしまったのか、自分の思いとは違う方違う方にと向いている。気がつくと、占い師へ阿諛あゆする自分と、香織への体裁のために五つの数字を頼んでいる自分がそこにあるだけだった。

 宝くじに関していうと、まだ自分に嘘をついている。確かに香織への償いの気持もあったが、いつの間にか宝くじが当選したときの、あの躰が痺れるような快感が忘れられなくなってしまっていた――麻薬の味を知ったときのように。ひょっとしてその代償が山里の命のだろうか――。

「……本心をいうと、僕にはどうしても同性は無理のようです」

 弓削はやっと言葉を捜し当てたようにぽつりと洩らした。

「そうだろうね、こんなの理屈でどうにかなるもんじゃないからね。でも、あんたもこれが切っ掛けでその道に入らないとも限らないけどね」

 占い師は笑いながらバスタオルを胸に巻きつけてベッドを脱け出ると、黒いビーズのポシェットから煙草を取り出し、部屋の中に朱い光を一閃させると、うまそうに烟を深く吸い込んだ。

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