第46話

 弓削は困惑した。生まれてこの方こんな経験をしたことが一度もない。それに男色に関してはまったくといっていいほど興味がなかった。しかし、この期に及んで遁げ出すわけにもいかず、追い詰められた弓削は肚を括るより他なかった。まさに俎板の上の鯉そのものだった。

 もう一度掛け蒲団を掴みながら躰を伸ばして横になった。占い師は気分を取り戻すかのように弓削の股間に小鳥の羽根のように触れてきた。気持とは裏腹にその部分だけが勝手に反応している自分がひどくまどろっこしく思えてならなかった。

 占い師は半身の体勢になると、弓削の股間に触れたままゆっくりと顔を上下に動かした。弓削はその敏感な部分から伝わって来る甘い痺れに自身を喪失しそうになった。いままでに受けたことのない軽やかな痺れが躰中を駆け巡り、それが電流のようになって下半身の一点に集中される。当然のことながら男の細部まで知悉した占い師の舌技は、一瞬ながらも先入観や性意識を忘れさせる巧みさがあった。

 弓削は自分の意に反しながらも暗くて深い淵にいざなわれていった。

 弓削が占い師から顔を離すと、目を瞑って横を向き、恍惚の表情を湛える姿が見下ろす視線の先にあった。

 弓削はひと仕事終わらせた開放感から、ベッドに躰を長めると、いままで吐き切れなかった息を聞こえないほどの小さな声を伴って一気に放出した。

「……とてもよかったわ」

 占い師は耳許で甘く囁いた。

 弓削は褒められたことについては別に嫌な気持はしなかったが、この押し詰められた時間がいつになったら終わり、どのような状態で終焉を迎えるのかまったく予測することができず、暗い澱みの中にいるような不安が糸のように纏わりついて離れなかった。

 弓削は余韻に浸る占い師をそのままにしてベッドを脱け出すと、ソファーに腰掛けておもむろに煙草を喫いはじめた。薄暗い中で明滅する煙草の火がやたら朱く感じた。

 弓削には占い師への頼み事があったが、とにかく一時も早くこの閉ざされた空間から遁げ出したくて仕方がない。

 ベッドに目を移すと、余韻から脱け出した占い師が上半身を起こし気味にしてこちらを見ている視線とが合ってしまった。

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