第42話  8

 どこからか冷気を孕んだ嫌な風が流れてくる。

「先生」と弓削は小さく声をかけた。

 占い師は弓削の言葉が聞こえたのか聞こえていないのかわからないまま、勝手な方向に向かって歩きつづけている。弓削は納得のいかないままあとに従った。

 先を行く占い師は一向に後ろを振り向くことなく、多少おぼつかない足取りではあったが、背中は弓削があとからついていることを確信しているように見えた。

 しばらく裏通りのような場所を歩きつづけ、気がつくと妖しい雰囲気が漂う一画に足を踏み入れていた。ここまで来て弓削はやっと占い師のいっている意味がわかったような気がした。しかしまだそうなのかどうかは定かでない。ただ妖しげなネオンの光彩が不気味さを漂わせている場所を素通りして、違う場所に向かっているかも知れないのだ。そんなことを考えながら弓削は黙ったまま並ぶことなく歩いた。

 占い師が一軒の紫色のネオンが燈るラブホテルの前まで来ると、歩速を緩めながら躊躇なく、そして弓削を振り返ることなく中に入って行った。弓削は心の中でやはりそうのかと思いつつ気持の整理をはじめる。

 薄暗い廊下をすすみながら、弓削は香織とこういった場所を利用したときのことを想い出した。あの頃は自分が先になって部屋のドアを開けた。ところが、きょうに限ってはちょっと勝手が違う。それと、香織のときには何か後ろめたさを抱えながら躰を合わせたものだが、不思議なことにいまの弓削にはまったくそういった気持はなかった。

 部屋の中に入ると、客が入ったときのことを考えてか照明は最小限に抑えられていた。先に部屋に入った占い師は壁際にあるスイッチのひとつを当てずっぽうで押した。部屋の中が少し明るくなった。

 ブルーの革張りのソファーに腰を沈めながら煙草に火を点けた占い師は、

「どうだい、あたしとこんなとこに来て」

と、何かを試してでもいるような口調で洩らした。

「……」

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