第40話
「どうなってんの」
占い師は大きな声でくにちゃんにいった。
「まあ、偶にはこういう日もあるわね、水商売っていうのは。誰もいないからゆっくり飲んでって」
「そうだね、きょうは貸し切りということにして店閉めて飲もう。スポンサーはここにいるから」
占い師は弓削の肩を二、三度軽く叩いた。やっといつもの姿に戻った。
「OKですよ、任してください。きょう一日の売上くらい僕がなんとかします」
「まあ、羽振りのいいこと。本当に貸し切りにしてもいいの?」
「いいよ。今夜は三人で愉しく飲みましょう」
確かに弓削の懐にはくにちゃんの店が半月以上貸し切れるだけの金が入っていた。
指定席に腰を降ろした占い師がくにちゃんにビールの催促をすると、ポケットから携帯用の灰皿を取り出して、目の前のいびつになったアルミの灰皿にぶちまけた。いつものことだった。
閑古鳥が鳴いてきょうの商売を諦めかけていたくにちゃんは思わぬ僥倖に顔がほころびっ放しでやけに機嫌がいい。元気よく三人で乾杯をすると、くにちゃんは鼻の下を人差し指の背で軽く押さえながら訊いた。
「きょうの弓削ちゃんはいつもと違うわ」
弓削はその言葉を聞いてドキッとした。くにちゃんの顔をまともに見ることができなかった。
「どうして? いつもと一緒だよ、僕は」やっと顔を上げていった。
「だって、いつも背広にネクタイ姿じゃない? きょうはラフな恰好してるから、まるで別人みたい」
「なあんだ、そういうことか」
「何かおかしかった?」
「いや、何でもない」
「でも、弓削ちゃんはどうしてそんなに景気がいいの? よほど儲かる商売なのね」
くにちゃんは知らなかった。当然のこと、そのことについてはいくら仲のいいくにちゃんでも占い師は口を噤んだままに違いない。
「いやあ、このところちょっとラッキーなことがあってね……まあそんなことどうでもいいじゃない。パァッと愉しく飲もうよ」
本当は山里に対する追悼の意味で飲むつもりが、それを口にしていいものかどうか逡巡した。占い師は横で黙ってビールを飲んでいる。
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