第39話

 恰度いい時間になった。露地に戻ってみる。いつもの場所に行燈らしき光りが燈っているように見えた。ほろ酔い気分の弓削は何かが吹っ切れたような顔付きで占い師の店に近付いて行った。

 だが、店に近付くにつれ、またあの陰鬱な自分に逆戻りしていくのがわかった。占い師のあの険しい顔、闇の中にあるアパートの一室、山里の優しい笑顔が脳裡を過ぎったために――。歩調が緩慢になる。店の前まで来て弓削は言葉をかけた。

「こんなところでうたた寝なんかしてると、躰によくないですよ」

 占い師は暇なのか居眠りをしていた。山里の葬儀の日であることはまったく関係がないといった暢気な寝顔だった。

「ああ、あんたかい。きょうはどういうわけか閑でね、だからついつい」

 占い師は目醒まし代わりに机の上に置いてあった煙草ケースから一本抜き出すと風を遮るようにして火を点けた。この前見た険しい顔とは違っている。少し安心した。

「きょうはどうしても先生に会って話がしたかったんです」

 弓削はいまの気持を誰に話せるものでもなく、唯一話せるのは占い師しかいなかった。

「わかってるよ、そう顔に書いてある」

「そうですか」

 弓削の物言いはいつになく投げやりになっている。

占い師は外側がビニール製の携帯用の灰皿に煙草を入れて圧し潰すと、黙って店をしまいはじめた。

「いいんですか?」

傍から弓削が訊く。占い師は黙々と片付けている。

「さあ、行くよ」

 相変わらず弓削の顔を見ることがない。黙ってあとについた。

店のガラス戸を開けて入ると、どうしたことか客がひとりもいなかった。

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