第38話
気合を入れたにも関わらず、弓削の投資した金額は、ものの十分ともたなかった。もう一本煙草に火を点け、拱手したまま台を睨みつけた。そこには可愛い顔の人魚が笑顔を振り撒きながら手招きをするアニメーションが映っているだけだった。視点の定まらないまま見つづけていたとき、その人魚の顔が突然山里の顔に見えてきた。
弓削は網膜に焼きついた山里の顔を振り払うようにしてパチンコ屋を出ると、暮れなずむ夕空を恨めしげに目を細め、さらに時間を潰そうと裏通りにありそうな一杯飲み屋を捜した。
縄暖簾の下がった店が目についた。躊躇なく暖簾を分ける。想ったより結構広い店だったが、労働者ふうの客が大勢飲んでいた。すでにでき上がっている組も二、三卓あった。
弓削は遠慮がちにカウンターの隅に坐り、ビールと野菜の煮物を二種類ほど注文する。
飲みながら山里のことを考える。辛かった。考えれば考えるほど辛かった。何度も自分の胸に言い聞かせた。
〈自分のしたことはけしていいこととはいえない。しかし、何もそうしようと計算ずくでしたのではない。偶々、そのときに山里と会ったというだけで、ひょっとしたら別の人間が同じ目に遭っていたかもしれない。じゃあ、山里以外の人間らよかったのか? まあいずれにしても、そこまでが彼の寿命と思うより仕方ないじゃないか……〉
煙草に火を点けてひと口喫ったとき、何となくこれまで型に嵌められていた全身の枷が外れたような気がした。
漫然と首を巡らせた店の中には、誰もが愉しそうに酒を飲んでいる景色があった。
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