第37話
二日後、山里の奥さんから会社に電話が入った。昨日心臓発作で主人が亡くなったと泪声で聞かされた。弓削はどういう言葉で悔やみをいっていいかわからなかった。懸命に言葉を捜すのだが、どれも擦り逃げるようにして遠ざかった。
やっと出た言葉が、「おちから落としのございませんように」という月並みなものだった。
――葬儀の日、弓削は会社を休んだ。
その日は朝から冷たい雨が降っていた。弓削にはその雨が何を意味するのかわかっていた。本心をいうと、山里の葬儀には参列したくなかった。しかし家族同然の付き合いをしてきた手前そういうわけにもいかず、沈痛な気持のまま焼香の番を待つ弓削だった。顔を上げてまともに奥さんの顔を見られなかった。後ろめたさが邪魔をして、遺族に話かけることができない。
やっとのことで焼香をすませたとき、祭壇に飾られた山里の遺影が何か話しかけたいような気がしてならなかった。
葬儀がすんで家に戻り、そして夕方になって家を出た。
きょうばかりはじっと家にいることができなかった。こんなうち沈んだ顔をまざまざと家族に見せたくなかったし、目に入るものすべてが虚しく見えた。それより何より、どうしてもきょうのこの日に占い師のもとに行って話を聞きたかった。
時間が早いこともあってか、露地には彼女の姿は見えなかった。落ちそびれた夕日が露地の細部をこれ見よがしに曝け出している。夜にしか足を踏み入れたことにない弓削の目には、それらの情景がまるで獣の内臓のように映った。
仕方なく思った弓削は、駅前のパチンコ屋で時間を潰そうと考える。パチンコ店の中では仇に出くわしたような顔をした客が無心に玉を弾いている。喧騒と煙草の烟の中で孤独の戦いがつづけられている。弓削は目に停まった台の前に佇み、ガラスの中を覗き込むようにすると、おもむろに椅子を回転させて坐った。財布から千円札を三枚取り出して台の横に備え付けられた貸し玉機に投入した。ハンドルを握る前に儀式でも執り行うかのように煙草に火を点けた。
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