第36話

 ようやく暗闇に慣れた目だったが、どういうわけか占い師の隣りに坐っている黒い陰の人物の顔が見えない。

「そこを何とかお願いできませんか?」

 弓削はなり振り構っている場合じゃなかった。

「できないね。これはあんたが思ってるほど簡単な問題じゃないんだ。そんなに簡単に大金が手に入るとでも思ってんのかい? 子供じゃあるまいし」

 そこまでいわれてしまうと、弓削には返す言葉がどこにもなかった。

「それともあんたが友人の代わりとなってあの世に旅立つかい? といっても、いくらあんたがすすんで身代わりなったとしても、結局は口封じのために友達には死んでもらわなければならない。それがわかってて身代わりなんかできないだろ?」

 弓削はどうしていいかわからなくなり、両手で気が狂ったかのように頭を掻き毟った。

「すると、僕はこの先どうなるんでしょうか?」

「あんたかい? あんたはこのままだよ」

「えっ?」

「このままじゃ不足かい?」

 暗くて占い師の表情が読み取れない。弓削は顔を斜めにして透かすようにしたが無理だった。

「いえ、そんなことはありませんが、どうして彼がそういう目に遭って、僕だけ罪を償わなくてもいいのでしょうか?」

「それなら簡単なことさ、あたしのお気に入りだからだよ。あたしの目に叶ったってわけだ。どうだい納得したかい? 納得したらさっさとその紙に友達の名前と住所を書きな。でないと、こっちで友達の居場所を勝手に捜すことになるよ。あんたがここに名前を書くことによって、あんたの友達が安心して成仏できるというもんだ」

 そういわれてすぐに書けるものではなかった。自分が山里の名前を書いてしまえば間違いなく彼は闇に葬られてしまう。もう二度と戻ることのできない遠い世界に引き上げられてしまうのだ。あのとき勇気を出して山里の誘いを断わってさえいれば、こんなことにはならなかった。もし調子に乗って山里に聞かせなければこんなに悩むことはなかった。たまらなく後悔をしている。畳についたままの手の甲にいく粒も泪が落ちた。

 いま自分は長年来の友人を泪を代償にして売ろうとしている。しかしここで山里の名前を書かなければ自分の命がなくなる。弓削は頭を下げたままで葛藤しつづけた。――

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