第34話

 弓削はどういうことかまったく理解できないでいる。

 タクシーを拾った。弓削は相変わらず黙ったまま占い師のあとに従った。

「青山」

 少しきつい調子で行く先を告げる。タクシーは青山通りを北に走り、青山墓地の近くで停まった。左に行けば神宮外苑のイチョウ並木で、右手の奥が青山霊園になる。

 タクシー代を払った弓削は、植込みの切れ目から歩道に上がった。歩道を歩く人影はほとんどなく、周囲の暗さがこれから先に起ころうとすることを予感させた。

 占い師はまだ押し黙ったままで、一向に口を開かないまま先をゆく。

 歩道橋を上がる。間違いなくあの方面だ。こんなところに連れて来てどうしようというんだろう。弓削の頭が混乱をしはじめている。

 歩道橋を降り切るとそのまま真っ直ぐに進み、はじめての道を右に折れた。三つほど角を曲がって連れて行かれたところは、青山墓地ではなく、深閑とした裏道にある何の変哲もないアパートで、表に鉄骨の階段が二階に延びていた。静かに昇ってゆく。気味が悪いほど薄暗い場所だった。

 いちばん奥の部屋のドアの前に立った占い師は、ノックもせずにいきなりノブを廻してドアを開けた。

 弓削は恐る恐るあとについて中に入った。キッチンを抜けると、六畳の和室があり、もうひとつ部屋があるようだったが襖で遮られてどうなっているのか見当がつかなかった。薄っすらと人のいる気配が伝わってきた。

 部屋の中はひとつも照明というものがなく、ただ灯りとしてあるのは窓からの茫洋とした月明かりだけである。真ん中に丸い卓袱台らしきものが据えられてあり、その中央に置かれた青磁の香炉から、白檀とも伽羅とも違う独特の芳香が漂ってくる。

 占い師はおもむろに月明かりを背にして窓際に坐り、立ったままの弓削に坐るようにいった。占い師の左に坐った黝い影がわずかにうごめいたような気がした。まったく顔が見えない。異様な空気が瀰漫している。息が詰まるような空気だった。これから何がはじまろうとしているのかまるで予測がつかないでいる。

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