第33話  7

 何があってもきょうこそはと思っていた弓削は、適当に仕事を片付けると同僚の誘いも軽く断わり、七時半になって会社を出た。

 振り返って見ると、この一週間というものまともに身を入れて仕事をしていない。それは自分自身で重々承知していた。しかし、弁解になるだろうけれど、人生が変わるような立て続けの出来事に平静であれというほうが無理だった。

 露地の入り口から覗くと、店を出しているのが遠くからでもわかった。近付いて行くと店には客の姿はなく、閑を持て余しているのか、うつらうつらと船を漕いでいる占い師の姿があった。弓削は愕かさないように最初小さく声をかける。

 占い師は聞こえなかったのか、気持よさそうに躰を揺らしつづけている。弓削はさらに大きく声をかけた。占い師は突然の呼びかけに、脇腹を突かれたように目を見開いた。

「ああ、あんたかい。びっくりするじゃないか」

 そういった老眼鏡の奥から弓削の顔を見る眼光に、いつもとは違ってなぜか研ぎ澄まされたような鋭さがあった。

「きょうはきのうの報告にきたんですよ……ばっちりでした。店が閉まるまでの時間、いつもの場所で待ってましょうか?」

 弓削の顔には隠しようのない笑みが零れるように浮かんでいた。

「いいよ、いいよ。きょうはあんたが来たことだし、この様子じゃあ客足も望めないから店仕舞いにするよ」

「いいんですか?」

「他人の心配しなくていいから……」

「じゃあ、先生、偶には目先を変えて違う店にしたらどうでしょう?」

「いや、きょうはあんたに聞きたいことがある。黙ってあたしのあとについて来な」

「わかりました」

 素早く店をたたんだ占い師は、くにちゃんの店の横に商売道具を置くと、店には入らずに通りに向かって歩き出した。ずっと黙ったままでひと言も口を利かない。

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