第32話
「このあと、どっか愉しいとこに行こうじゃないか」
「いや、さっきもいったけど、誘っておいてわるいが、軍資金がな……」
「そんなこと気にするな。この俺に任せておけよ」
弓削はポンと胸を叩いた。
「どうしたんだよ。お前何かおかしくないか?」
「おかしかないさ。じつはな、この前お前と会ったとき、突然占い師のおばさんに声をかけられて、宝くじの数字を教えられたんだ」
「まさか、それが当たったっていうんじゃないだろうな」
「その、まさかなんだよ」
弓削はあれほど口止めされていたにもかかわらず、酒が口を滑らせてしまった。まだそれに気づかない弓削は、自慢げにグラスを呷りながらつづける。
「俺も最初は疑ったさ、だってそうだろ? そんなこと信じろたって度台無理な話だ。だけど俺は騙されたつもりで千円だけ投資した」
「で、それが当たったというのか?」
山里は弓削が真剣なのを見て、話に喰いついた。
「いや、それがだめだったんだ」
「何だ、やっぱりそういうことなんだ」
「まあ、待て。まだその先がある。時間はたっぷりあるからゆっくり聞いてくれ」
弓削は煙草に火を点けて、もったいぶるようにゆったりと吹かした。山里は弓削の顔を一瞥したあと、焼酎の入ったグラスを傾ける。
「……いつの世も同じで、マーフィの法則じゃないけれど、買わなかった数字が当たりにとなるんだ。俺も例外じゃなかった。口惜しくて仕方ないから頭を下げてもう一度教えてもらった。次は間違いなく買ったよ、それもダブルで」
「その数字がきたってわけか?」
山里は自分が当選したかのように悦びの顔で訊いた。
「そうさ、その通りだ。二十万近くあった。俺はもう一度その占い師に頼んだよ、今度はもうひとつ上のクラス。そしたら今度も当たったね、それも百二十万……ほら、ここ触って見ろよ」
弓削は山里の右手を取って、自分の左胸を触らせた。そのとき山里は羨ましげにじっと弓削の胸元を見ていた。
――
そのあと弓削の奢りでスナックを二軒廻り、十二時過ぎになってやっと別れた。
きょう、もし早ければ遅くなっても顔を出そうと思っていたが、結局この日何軒もハシゴをして遅くまで飲んでしまったので、例の占い師のところには行けずじまいとなり、仕方なく思った弓削は、渋々明日の晩に報告をすることにした。
弓削はいま内ポケットの中に納まっている百二十万の現金を家に帰って妻に発見されたときの言い訳を考えながら家路を急いだ。
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