第31話
山の手線のE駅で待ち合わせをした弓削と山里は、話しながら駅前を直角に歩いた。どう見てもきょうは山里が主導権を握っているような歩き方だ。それもやむを得ないといえばやむを得ない。しかし、弓削にとってそんなことはどうでもよかった。きょうばかりは山里の気のすむようにしてやろうと思った。
山里が先になって一軒の焼き鳥屋の暖簾をくぐった。
店はサラリーマンと鳥の脂の焼けた匂いが充満していた。カウンター席に案内されると山里が店員に適当に何かを頼んだ。弓削には、騒がしくて何を頼んだのかまったく聞こえなかった。
「すまんな、こんなとこで」
「いや、別に……俺、こういうところ結構好きだけど」
「そうか、そんならよかった。わるいな俺の都合で付き合わせちゃって」
山里は、すべて吐き出してゆっくり飲もうと思ったのか、自分が気にしていることすべてを酒が来る前に処理しようとして曝け出した。
「いいよ、そんなこと気にするな。何年付き合っていると思ってんだ?」
「すまない」
山里が頭を下げかけたとき、生ビールが届いた。さっそくふたりはビールジョッキを片手に宴会の火蓋を切った。
「この店、よく来るのか?」
弓削は、はじめての店なのでつい山里に訊いた。
「いや、そうでもない。仕事仲間と二、三回ってとこかな。最近何かと物入りだから、俺にとってはこういった気楽な店が似合いかな、あっはっは」
山里は照れ隠しなのか、似合わぬ大きな声で笑った。弓削は意外だった。
「資金のことは俺に任せて置けばいいから、そんなこと気にせずにきょうは愉しく飲もう」
弓削にはこんな場末の焼き鳥屋の勘定を持つくらいどうってことない金額が、左胸のポケットに収まっている。
「おいおい、えらく羽振りがよさそうなんだけど、何かいいことがあったのか?」
「いや、そんなんじゃない」
弓削は必死になって顔色を隠そうとした。
串ものが適当に腹に収められ、飲み物がビールから焼酎に変わると、ふたりともいい気分になってきた。
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