第27話

 香織のことが頭に浮かんできた。

 いまごろ何をしているのだろう……。彼女はまったく俺のことを頭の中から消し去ってしまったのだろうか、それともまだ少しは心の片隅に置いてくれているのだろうか……。

 そんなことを考えているうちに、自分が精神的に追い詰められているのを感じた。

 のんびりと煙草を喫った弓削は、靴の先で煙草の火を揉み消すと、おもむろにベンチから立ち上がり、駅に向かって歩き出した。

 弓削が駅に向かっているのはただ漫然と歩いているわけではなく、ひとつの目的があった。

 駅までの途中、ひょっとして時間的に妻と顔を合わせるかもしれない、と思いつつ歩きつづけ十分ほどで駅前に着いた。

 弓削は駅前にあるR銀行に入って行った。土曜日だから当然店は閉まっている。もし、キャッシュコーナーも閉まっているようなら諦めて帰るつもりが、幸いそこだけは利用可能になっていた。財布からキャッシュカードと現金十万円を抜き出すと、「預け入れ」の画面を押して現金を落とし入れた。

 わざわざ駅前の銀行へ預け入れにきたにはわけがあった。

 以前自分の知らない間に、妻が財布の中身を覗いたことがあった。なぜわかったかというと、たまたま自分の名刺を揃えて二、三枚財布に挟んでおいた。次の日になって財布を開いたとき、同じ向きに入れておいたはずの名刺が不規則になっていたのだ。妻が財布を開けたとしか思えなかった。

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