第28話

 それがあって以来、財布の中にはカードと現金しか入れないようにし、領収書の類は書類カバンのポケットにしまうようにしている。あまり見られたくない領収書もあるからだ。

 今回のようにあまり高額な現金が入っているのを見られたりすると、変な勘ぐりをされそうなので、波風の立つ前に処理することにした。

 銀行を出た弓削はぶらぶらと歩きながら喫茶店のドアを開け、コーヒーを飲みながらスポーツ誌と週刊誌を一冊読み流して店を出ると、その足でビデオ屋を覗いてアクション映画のDVDを三作ばかりレンタルして家に戻った。

 ソファーに身を沈めてゆったりとしながら映画を見ていたとき、潤沢にある時間を好きなように費やす自分が急に新しい生活をはじめたようで、すこぶる贅沢な気持になった。


 次の日、妻と友一を焼肉に誘った。肉の好きな友一をその気にさせるには、ステーキか焼肉しかない。しかし隅に家族揃って外食するのだから焼肉のほうが何かと会話がしやすいと思った。

 妻を通じて友一の都合を訊いたところ、行ってもいいという返事が帰ってきた。弓削はそれを聞いたとき、ひとつ大きな仕事を成し遂げたような気がした。

 夕方になって三人は家の近くからタクシーを拾うと、少し離れたところにある界隈では有名な焼肉店に向かう。弓削は当然飲酒をするつもりなので自家用車で行くことは差し控えた。

 薄ずんだ街を走る三人を乗せたタクシーの車内は交わす言葉もなく、ただ微かに聞こえてくるラジオの音がやけに耳障りだった。

店の前でタクシーを降りると、店の名前が書かれた看板の他に、写真入りでメニューの一部を紹介する背丈ほどもある大きな看板が店の入り口と道路を跨ぐようにして置かれてあった。その看板の食欲をそそる鮮やかな彩りは嫌が上にも目を惹きつけた。

 自動ドアを開けて店内に入ると早々に店員が近付き、三人を席に案内した。

店の中を見渡すと、日曜日ということもあって、仕事帰りの会社員や仕事先の人間を接待する風景もなく、同伴出勤の前に待ち合わせをする水商売の女とその客の姿もなかった。客として坐っているのは、弓削たちの他に二、三組の家族づれと若いカップルがいるくらいだった。

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