第25話
ダイニングの椅子にどかりと腰を降ろす。目の前に搬ばれた褐色の液体の表面を白い湯気が刷き上がってゆく。コーヒーカップをひと口啜ってからバターの滴る厚焼きトーストを頬張り、時間にせかされることのない朝食に満足感を感じるのだった。
食後の煙草を旨そうに吹かしていた弓削は、突然何かを思い出したように椅子から立ち上がると二階の寝室に戻って行った。
そしてすぐに二階から降りてくると、キッチンで洗い物をしている妻に声をかける。
「おうい、ママちょっと」
「なあに?」
妻は濡れた手をタオルで拭きながらキッチンとダイニングの間にあるカウンター覗き込んだ。
「これ」
弓削は昨日占い師が受け取らなかった白い封筒を少し照れた仕草で手渡した。
「……?」
妻は封筒を受け取り、表と裏を交互に見て何も書いてないのを確かめると、封を開けて中を覗き込んだ。そして、一万円札が三枚入っているのを見て、
「なあにこのお金?」と小首を傾げるようにして訊ねた。
「うん、ちょっと予定外の金が入ったから……好きに使っていいよ」
「あ、そうなの」
妻はそれだけいうと封筒を二つ折りにしてエプロンのポケットに捻じ込んだ。
弓削は妻の無感動の表情を見て少し後悔をしたが、どっちみち占い師にお礼として渡すつもりの金だったのでどうでもいいと思った。
弓削は、少し開け放たれたガラス戸から擦りぬけてくる春の香りをのせた心地よい風に誘われたのと、思いついたことがあって煙草の函と携帯電話を手にすると、臀のポケットに長財布を突っ込んで家を出ようとした。
「パパ、どこか出かけるの?」
「ああ、ちょっとそのへんでも散歩しようと思って……どうかしたのか?」
「いや、もう少ししたらあたしデパートに買い物に出かけるの。友一は塾に行って夕方しか戻って来ないから、鍵を持って行ってね」
「そうか、わかった」
それを聞いた弓削ふたたび二階の寝室にキーケースを取りに戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます