第20話

 男は頭が禿げ上がり、片方の目は潰れ、もう片方はいまにも零れんばかりに跳び出していた。口は兎唇で、縫合に失敗したのか左頬のほうに引きつっていた。

「先生、きょうはもう店仕舞いなの?」

「わるいね、きょうはちょっと用があるからまた明日にしてくれるかい。すまないね」

「そうかせっかく来たのに、店仕舞いじゃしょうがないよな。わかった、また出直すわ」

 男はそういうと、弓削に一瞥をくれるようにして、もと来た露地を引き返して行った。

「先生、申しわけないです。突然顔を出して商売の邪魔をしてしまって……」

 弓削はぺこりと頭を下げた。

「いいんだよ、どうせ急ぎじゃないんだから。あの男はいつもあたしが店をしまいかけるころになるとやって来るんだ。本当に鑑て欲しかったら明日また来るよ、気にしない気にしない。さあ、飲みに行こう」

 そういいながら占い師は折りたたんだ商売道具をぶら下げてせかせかと居酒屋に足を向ける。弓削はもう一度男が去って行ったほうを振り返った。しかし、視線の先には黝ずんだ闇が拡がっているだけだった。

 店に入ると、占い師が好んで坐る場所がたまたま空いていた。前のときと同じように、他に客が三人いた。ずいぶんでき上がっている様子で会話をはずませていた。占い師は椅子に坐るか坐らないうちにビールとおでんをくにちゃんにいいつける。

「あたしはガンモと竹輪麩、それに大根。あんたどうする?」

 占い師はおでんの鍋に顔を向けたまま訊いた。

「じゃあ、僕はこんにゃくと大根と玉子をください」

 占い師はよほど咽喉が渇いていたらしく、グラスにつがれたビールを一気に飲み干したあと、天井を見上げたまま大きく息を吐いた。弓削はその飲みっぷりにただ見とれるばかり。そして透かさず空になったグラスになみなみとビールをそそいだ。

 弓削も真似るようにグラスのビールを呷る。そしてグラスをカウンターに置くと、背広の内ポケットに手を差し入れて三万円が入った白い封筒を取り出すと、滑らせるようにして占い師の前に差し出した。

「有難うございました。お陰さまで見事に当選することができました。お礼といってはなんですが……」

 弓削は廻りに気を遣うように小声でいった。

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