第15話

 いつもは香織の家まで送ることをしなかった弓削が、今夜は最後ということもあって、タクシーの中でずっと手を握り合ったまま彼女の家の近くで車を停めた。

香織がタクシーを降りて一度弓削に向かって頭を下げると、踵を返して自分の家のほうに姿を消した。弓削は何度もリヤウインドー越しに香織の後ろ姿を求めたが、そこには思いに反して暗い闇が覆うようにしてあるだけだった。

 弓削は自宅の少し手前でタクシーを降りると、背広のポケットに右手を差し入れ、外しておいた結婚指輪を取り出した。そしてそれを左手の薬指に嵌めようとしたとき、指が滑って指輪が落ちてしまった。弓削は慌てた。地面に這いつくばるようにして捜すのだが、暗い闇と近所の人に見られまいとする焦りがなかなか見つけさせてくれない。額に脂汗の滲み出るのがわかった。

 どうしても捜さなければならない弓削は気を落ち着かせて路面を舐めるようにじっくりと目を配った。指輪は自分が思っていた場所からずいぶんと離れた側溝の中に転がっていた。

 見つけるまでに十分ほどかかった。やっとのことで指輪を捜し当てた弓削は、泥で汚れたままの指輪を薬指に嵌めた。

 門扉を押し開けて石段を三段昇り、玄関のドアの前に立って鍵を開けると、家族に気づかって静かに家の中に入った。柱時計は午前二時に近かった。

 ダイニングに入った弓削は背広を脱いでネクタイを外すと椅子に腰掛けて煙草に火を点けた。

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