第16話

 テーブルの上にぶら下がったオレンジ色の光を放つ照明に紫煙が纏わりつく。

香織との今後を考えていたそのとき、階段を降りて来る足音が聞こえたと同時に、息子の友一ゆういちがドアを開けて入って来た。

「受験勉強か?」

 突然のことに、普段あまり会話をしていない父親はその言葉を口にするのが精一杯だった。

「ああ」

 友一はぶっきらぼうに短く返事をすると、冷蔵庫の前に行き、引き剥がすように扉を開けた。中からコーラのボトルを取り出すと手じかにあったグラスにそそいだ。

「パパにもくれるか?」

 友一は黙ったままもうひとつのグラスにコーラをつぎ、そっと弓削の前に差し出した。弓削はそれほど飲みたいとは思わなかったがこれが切っ掛けで息子と話ができたらと思った。しかし、友一はグラスのコーラを一気に呷ると、流しにグラスを置いてそそくさと二階に戻って行った。

「あまり無理するなよ」

 弓削はねぎらいのつもりで友一の背中に声をかけたが、聞こえているのかいないのか返事は返ってこなかった。

 ふたたびひとりになった弓削は改めて家族のことを考えてみる。

 いつからこうなったのか――自分としては家族に対しての責任感からがむしゃらに仕事に取り組んできたつもりである。それがわかっているのかいないのか、最近では妻も息子もろくに口をきこうとしない。それに加えて唯一の安らぎであった香織にも別れを告げられてしまった。いまの弓削は暗い淵にただひとり取り残された迷い犬のようだった。

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