第13話

 弓削はバスルームを出ると、バスタオルで顔と躰を押さえ、真新しいシーツが敷き詰められたベッドに横たわった。天井に嵌め込まれた大きな鏡にくたびれた自分の顔が映っている。それを見た瞬間、香織との関係がいつまでつづくのだろうかと不安に似た焦燥感が足許からにじり上がってきた。

 バスルームの扉の音がして、香織が部屋に戻って来た。

 まともに香織の顔を見ることができない。揺れ動く心が自身を喪失させようとしかけている。別に香織のことが飽きたわけでも嫌いになったわけでもないのだが、これ以上ふたりの仲がどうなるわけでもない。いずれは離れ離れになる運命だと弓削は勝手にそう思っているのだが、果して香織が同じ考え方をしているかははなはだ疑問だった。

 香織は滑るようにして弓削の横に潜り込んだ。わざとそうしているのか、弓削が腕にちからを入れて香織の躰を引き寄せても、相変わらず黙ったままで弓削の胸に顔を埋める。   

 最初の頃、そういった経験がはじめてではないにしても弓削の腕の中で仔犬のようにうち震えていた香織が、慣れてからは意外と積極的な行動を見せることもあった。しかし、このところそういった刺激的なことはめっきり少なくなった。

 香織はこの何年間ですっかり弓削を沁み込ませてしまった。ときどき弓削以外の男とベッドを共にしたときのことを想像してみるのだが、やはり場所とちからの加減はまったく弓削のそれでしかなかった。

 関係を確かめるだけの行為はそれほど長い時間を要さなかった。事後の余韻に浸る閑もなく躰を離した弓削は枕許に置いてあった煙草の函から一本引き抜くと、静まり返ったベッドルームに乾いたライターの音を響かせる。

ひと口吸い込んで吐き出そうとしたとき、

「……部長さん」

 先ほどまで弓削が話しかけたことに返事をするくらいで自分から話すことのなかった香織がやっと口を開いた。

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