第7話

 弓削は少し残業をして会社を出ると、約束を果たすために昨日占い師がいっていた場所に足を向ける。約束は約束であったが、それとは別の腹づもりが大きくあった。

 しかし、電車を降りてそこまで行く途中、あの数字だけを買わなかった理由を考えると気が重くてならなかった。もしこれがピタリとはまっていたならば、倍の足取りで占い師のところまで行くことができたのに、へまをしでかした自分が腹立たしくて、目につくものすべてを蹴り跳ばしたい気分だった。

 弓削はその露地が本当にあるのかどうか知らない。昨日はそういって聞かされたが、確かめたわけではないので半信半疑だった。

 露地の入り口に佇んで道の中を覗いて見た。ひと通りの気配がなく、薄暗い闇のような空間が細長くつづいていた。

 そこに一歩足を踏み入れた瞬間、これまでに感じたことのない凛然とした空気を首筋に感じ、どういうわけか足が前に出なくなってしまった。立ち入ってはいけない場所に足を踏み入れたような気がした。

 躊躇していたそのとき、前方にいくつかの人影が動いたのを見て取った。少し安心をする。奥に向かってゆっくりと歩をすすめた。

 露地に入ってしばらく歩いて行くと、通りの中ほどにあるシャッターを降ろした時計屋の前で、薄っすらと行燈を灯して店を出す占い師の姿があった。

 占い師の店は、新聞紙を拡げたくらいの大きさで、白い布が掛けられた所見台の上には、占い師の三種の神器といわれる筮竹、算木、それに大きな天眼鏡が置かれてあった。

 弓削はゆっくり占い師の前まで来ると、覗き込むような仕草でぼそりと声をかけた。

「こんばんは。昨日はどうも」

 弓削の声はきもち沈んでいる。

「ああ、あんたは昨日の……」

「そうです」

 弓削はそういいながら、昨日声をかけた占い師と同じ占い師だろうか小首を捻った。顔付きが違うように見えたからだ。

「どうだい、いった通りだったろ?」

「はあ、そうなんですが、それが……」

 弓削はいい澱んだ。

「どうかしたのかい?」

 占い師は金色の洒落た老眼鏡の奥から射るように弓削を見た。

「確かにあなたの教えてくれた数字が見事に当たりました。しかし、お恥ずかしいことに、肝心のその組み合わせだけを買わなかったのです」

 弓削は脂汗の浮き出た額を指先で擦りながらいった。

「そうかい、それは残念なことしたね。……でも、あたしが教えた数字は違ってなかったんだから、約束通りご馳走してくれるよね」

「ええ、それは間違いなく……でも店があるでしょうから、どうしたらいいんでしょう?」

 弓削は立ち位置を占い師の横に移す。

「ちょっと待っててくれるかい。いま店をたたむから」

 占い師はそういいながら店を片付けはじめた。所見台も行燈もすべてが折りたたみ式になっていたために簡単に跡形がなくなった。

 占い師は荷拵えをすませると、それを片手にぶら下げて何もいわずに歩き出した。弓削は行き先もわからないまま占い師の後についた。

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