第6話 2
次の朝、きのうのことが頭にあっていつもより早く目が醒めた――。
寝室を出て階下に降りた弓削は何よりも先に、ダイニングテーブルの上に置いてある朝刊を手にする。朝の一服を愉しみながらおもむろに新聞を拡げた。そして宝くじの発表の記事を捜す。まだ半身半疑だった。ところが、それもそこまでのことで、「873」という数字が目に跳び込んできた。
弓削は一瞬我が目を疑った。もう一度ゆっくりと確かめるように数字を追った。間違いなかった。連続数字の当選金は九万八千円となっている。
弓削の胸は躍った。
昨夜家に戻ったとき、女の占い師のことを何度妻に話そうかと思ったかしれない。しかし、そのときはとても信じてもらえるとは思わなかった。逆に鼻先で嗤われるのが関の山だと思って口にしないでおいた。いまになってその金が自分で自由につかえることができることを考えると、上滑りで話さなくてよかったと胸を撫で下ろした。
上目遣いにオープンキッチンで背中を向ける妻の姿を盗み見る。妻はそんなことを知るよしもなく子供の弁当をまめまめしく拵えている。
朝食をすませ、いつものようにいつもの顔を装って家を出ると、何となく足が浮ついているのが自分でもわかった。バス停までの途中で思いついたように立ち停まり、朝日に延びる電柱の陰を踏みながら胸のポケットから財布を抜き、そこから昨日購入した宝くじを取り出した。そして当たり番号を確かめたとき、弓削は愕然とした。もう一度つぶさに数字を見直す。
378 387 738 783 837
何度見ても同じだった。六通りの組み合わせがあるにもかかわらず、「873」だけを買ってなかった。弓削は打ちのめされたような衝撃を受け、しばらくその場に立ち竦んだまま動くことができなかった。
やがて気を取り直して重い足取りのままバスを降りて駅に向かう。
はちきれんばかりに詰め込まれた通勤電車に乗って、吊り革に掴まりながら窓の外を流れる風景を見ても、いつものようにひとつひとつをつぶさに眺める余裕がまったくない。肚の底からせり上がってくる無念さが自分自身を喪失させた。
会社に着いても同じで、社内で仕事の話をしているときはそうでもなかったが、デスクに向かって書類に目を通していると、どうしてもあの三つの数字が頭の中にちらついて仕方がなかった。気がつくと、喫煙室へ通う頻度がやたら多くなっていた。仕事場にいてこれほど長く感じた一日はいままでになかった。
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