第5話
「それはそうと、うちもだけど、山里んとこも確か娘さん大学受験じゃなかったか?」
「そうなんだよ。それがな、これまで俺が単身で関西の責任者として赴任してたろ? そこまではよかったんだが、やっと東京に戻って来たと思ったら今度は邪魔者扱いさ」
「邪魔者扱い? そりゃまたどうして?」
弓削は顔を曇らせるように顰めて訊く。
「だってそうだろ? 関西にいるときは母娘で好きなように生活していた。ところが、一応稼ぎ頭が戻って来るとなると、飯の支度はきちんとしなきゃならんし、洗濯物は増えるし、時間を見計らって風呂の準備もしなければならない。これまでの生活パターンがずたずたになってしまうからさ」
「なるほどネ。しかしこうやって考えると、男って何のために骨身を削って働いてんだろ」
「確かに。いっそのこと、女でも拵えてどっかに逃げてやろうかな」
「おいおい、聞き捨てならない発言だな。お前、そんな女がいるのか?」
弓削は煙草を指に挟んだまま身を乗り出した。
「バカだな、そんなのいるわけないじゃないか、願望だよ、願望。関西から戻ったばかりだぞ、すぐにそんな女ができるほど懐に余裕がないよ。他人のことよりも、そういうお前はどうなんだ。若いおネエちゃんかなんか囲ってうまくやってんじゃないのか?」
山里は意味ありげな笑いを浮かべていった。
「冗談いうなよ。俺だってそんな余裕はまったくない」
いい終えたとき、弓削の脳裡に占い師の薄笑いを思い出した。
積もる話につきないふたりは、結局居酒屋で十時過ぎまで話し込み、やっとのことで店を出ると、今度は山里が、顔の利くクラブがあるから行こうといい出した。 連れられて行った先のクラブは、結構高級そうな雰囲気の店ではあったが、この景気の中でも客数はそこそこ。弓削は自分に不似合いな店構えに、思わず山里の袖を引っ張っる。山里は、交際費だから気にすることはない、と涼しい顔をしていった。
案内された席には三人のホステスがついたものの、ふたりの積もる話に割り込む余地はなく、気がつくとボックス席にふたりだけという状態だった。
結局、高級クラブに足を搬んだものの、ずっとふたりで二時間ほど話しつづけ、まだ話し足りない気分を引き摺りながらその日は別れた。
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